大きな窓が姿を現し、奥へ向かって緑豊かな庭園が美しい絵画のように広がっていた。

 

 

そして僕の方へ手を差し伸べ、隣へ来るようにとその手を動かした。

 

 

意図が読めぬまま立ち上がり横へ並ぶと、鮮やかな朱色の欄干の太鼓橋が架かっている池が下に見えた。

 

 

僕も撮影で何度かお世話になったことのある場所だった。

 

 

 

 

「この池は父のお気に入りでね。仕事の合間によくここから眺めていました。父にとって心安らげる風景だったのでしょう」

 

 

池の水面近くに三色の斑模様や金色の煌びやかな体をくねらせた鯉が思い思いに泳いでいるのが見えた。

 

 

「父は子供にも容赦のない厳しい人でした。弟は要領良く上手に懐に入っていったものですが、私は不器用でしょっちゅう父を怒らせていましてね。早い段階で私にはこの業界は向いていないと見切りをつけると、人心掌握に長けた弟をこのホテルの従業員として育てることを決めました。そんな中、妹は私と十近く年が離れておりまして、両親が老いてからの子供でましてや女の子ということもあり、溺愛でした」

 

 

 

壁の高い位置に掛けられた額を見つめる片桐社長の視線の先にある一人の男性がきっと三人の父親なんだろう。

 

 

確かにちょっと気難しそうなタイプではありそうだ。頑固そうだし。いかにも昔の人って感じがする。

 

 

だけどこの人がしょーちゃんのお祖父さんなんだと思うと、また見る目が変わる。

 

 

「父親として、娘に不自由な生活をさせたくはないと思っての事が逆に妹が父の元を去る原因になってしまい、父はひどく落ち込んでいました」

 

 

 

あ、しょーちゃんから聞いてた通りだ。

 

 

 

しょーちゃんのお父さんとの結婚を反対されて勘当されたって言ってた。

 

 

「妹が家を出てからは音信不通になっていたのですが、子供が生まれたと連絡を寄こしてきたことで再び交流を図れるようになるかと思いましたが上手くは行きませんでした。頑固でプライドの高い父は、一度自分の口から放った言葉を撤回することが出来なかったのです」

 

 

そこまで言うと片桐社長が何かを思い出したかのようにプッと吹き出した。

 

 

「…失礼。けれどね、相葉さん。父は私たちが妹と交流を深めていることを知ると、何とか様子を聞き出そうとあの手この手を使い必死になりましてね。仕事以外であんなに必死な父を見たのは私も弟も初めてでした」

 

 

片桐社長は笑いながら話すけれど、どこか寂し気な感情が見え隠れしていて、同じ子供でありながらそこにある扱いの差に複雑な思いを抱いていたんだろう。

 

 

「妹にも何度も父の元へ顔を出してみてはどうかと声を掛けていたのですが、合わせる顔がないと断られ、そこで弟が翔の誕生日を祝うという名目でここへ誘い出すことに成功しましてね。それからは年に一度私や弟が妹一家と顔を合わせるようになったんです」

 

 

 

 

 

しょーちゃんは単純に自分の誕生日を祝う場所として考えているようだけど、そこにはもっと複雑に入り組んだ深い事情が隠されていた。

 

 

 

まさか自分の誕生日のお祝いにそんな意味があったなんて知ったら驚くだろうな。

 

 

 

 

 

「そして、ある年、弟は給仕に声を掛けさせ翔を庭園に誘い出させました。いつものようにここから景色を眺めていた父はその姿に矢も楯もたまらず翔の元へ向かったのです」

 

 

 

 

 

ようやく叶った積年の想いに、お祖父さんはどんなに嬉しかっただろう。

 

 

 

 

 

そしてそんな父親の背を、片桐社長はどんな思いで見送ったんだろう。