「新婚旅行の土産な。それ」

「えっ!!

「………」

 

 

二宮さんは僕に完全に背を向けてソファの背もたれに埋もれてる。

 

 

「新婚…旅行…」

「思ったより早く仕事も軌道に乗ったしな。少しまとまった休みもあったから丁度いいやって」

「…………」

 

 

小さく丸まる後ろ姿の二宮さんがどんな顔をしているのかは分からないけど、ここから見える僅かな肌色の部分は真っ赤に染まっていた。

 

そんな二宮さんにちょっかいをかけてはバシバシ叩かれている大野さんを見ていると、2人が仕事を辞める前からの関係性がそのままなのが素敵だと思えた。

 

 

「おふたりはずっとそんな感じなんですね。なんか、ホッとします」

 

 

ずっと一緒にいることで今までは見えなかったところも見えてくるだろうし、何もかもが受け容れられることばかりでもない。

 

それでもそれまでと同じように変わらずにいられる2人を見られるということは僕としては嬉しいし、羨ましくもある。

 

 

 

 

どんな時も変わらずにいると言うのは難しいことだから。

 

 

 

 

あれほど欠かすことのなかった日々のやり取りも、お互いの家へ行き来することも、いつのまにか仕事の忙しさを理由に遠ざかり、相手への思いやりもおざなりになってしまったり。

 

 

少なからず、僕はそれを仕方ないことだと思うようになっていた。

 

 

状況や環境が変われば、心境もそれに付随して変化するのが当たり前だと思ってたんだ。

 

なのにこの2人は良くも悪くも変わらない。変わったのに変わらないって、それって実はすごいことなんじゃないかな。

 

 

「相葉ちゃんは翔くんとどうなの?最近会えてる?

「うーん…、最近はちょっとアレですかねえ。僕の方は事務所の事があってバタバタしてますし、しょーちゃんも勉強会やら交流会があって休みが休みじゃないらしくて…」

「…」

 

 

携帯を弄りながら話しかけてくる大野さんへの答えにえへへ、と誤魔化すように笑う僕をいつのまにかこっちを向いた二宮さんが痛々しい顔で見ている。

 

 

「あっ!でも、こないだしょーちゃん家に行って会いましたから!!大丈夫ですよ、僕らも」

 

 

だからそんな心配そうな顔をしないで、と二宮さんに向かって胸の前で両手を左右に振る。

 

 

「それに、前よりもちょくちょくまた連絡くれるようになったし、仕事の合間の写メとかもくれてるしっ」

 

 

それでも晴れない二宮さんの表情を少しでも明るいものに変えたくて、慌ててゴソゴソと携帯を取り出して、先日送って来てくれた高層階からの眺めの写メを見せた。

 

 

「…櫻井、高いところ駄目なのに何やってんの」

「でっ、ですよねー。僕も同じこと思いました」

 

 

それを見てようやく緩んだ二宮さんに安堵した。

 

 

「交流会って懐かしいなー。まだやってんだ」

「交流会って何よ」

「しょーちゃんは、人脈作りのための会って言ってましたけど…」

 

 

手を頭の後ろで組んで話す大野さんに二宮さんが尋ねる。

 

 

「まぁ、そんなとこだな。『Jay』のオーナーとか、『加藤企画』とかあの辺はその時の知り合いだよ」

「あぁ。なるほど」

 

 

僕には馴染みのない名前だけど、二宮さんは心当たりのある反応をしてコーヒーを飲んだ。

 

 

 

あ。

 

 

 

その流れで思い出した。

 

 

 

この間事務所からの連絡を受けて聞いた片桐さんについて聞こうと思ってたんだ。

 

 

「あの…、大野さんたちは『片桐さん』ってどなたかご存知ですか?

 

 

 

 

一瞬で空気がピリついた。

 

 

 

 

「片桐って…」

「なんで相葉ちゃんがその名前を?

 

 

二宮さんの言葉に被せるように大野さんが身体ごと前に乗り出した。

 

 

「えっと、その、うちの事務所に連絡があって、その方が僕に会いたいと言ってて今度お会いすることになってるんですけど…」

 

 

大野さんの雰囲気からすると、ヤバい人なのかな。怖い人だったらどうしよう。

 

 

 

はあー…と長い溜め息を吐きながら大野さんが背もたれにドサッと凭れ掛かり、二宮さんは手にしていたカップを置いた。

 

 

「片桐は…、先日亡くなった先代と、現社長の名字だよ」

「しゃ…っ、しゃちょ…っ!?

 

 

二宮さんから告げられたのは僕の予想を遥かに上回るとんでもない雲の上の存在だった。