家に帰って部屋で一息ついて、二宮さんに返事をしていなかったことを思い出した僕は携帯に入っているスケジュールアプリを開いた。
ベッドの側面に背中を預け、緩く開いた両膝を立てたところに曲げた肘を乗せて両手で携帯を持つ。
以前はそれなりに埋まっていたカレンダーが、今は空白が目立つ。
僕が今の事務所でする最後の仕事は、ホテルのブライダルフェアのショーモデル。
しかもしょーちゃんがいるホテル。
本格的なモデルデビューもこのホテルで、最後のモデルも同じ場所なんて、すごい偶然だな。
落ち込む僕に声をかけてくれたしょーちゃんとこんな関係になるなんて当時の僕が知ったらどんな顔するかな。
「そう言えば、ここで仕事するの結構ひさしぶりなのかも」
この頃、ずっと争奪戦に敗れていて別のホテルの仕事やブライダル系雑誌の仕事の方が多かったから、余計にしょーちゃんと会えない期間が長引いていた。
「それでも前はホテルで仕事でも会えたもんなあ…」
しょーちゃんは公私混同しないから、職場で会ったところでよそよそしさはあるんだけど一目見るだけ、直接言葉を交わすだけでも気の持ちようが変わるんだけどなあ。
特にこの何か月かはすれ違いが多いし…。
しょーちゃんの多忙さを考えると僕のスケジュールの空白が申し訳ないぐらい。
僕の休みをしょーちゃんに分けられたらいいのに。
「…お?」
その時、しょーちゃんから写真が送信されたメッセージを受信した。
開いて見れば、どこかの高層階から見える景色。
続いて一言。
『怖っ』
それを見て僕は吹き出した。
「ふはっ。しょーちゃん、高いところ駄目なのになんでこんな写真送ってくんの」
画像を拡大してよく見ればブレてるし。
これは手が震えながら撮ったな?
こんなやりとりもここしばらく無かったからなんだか懐かしいな。
自然と口元が綻ぶのが自分でも分かった。
「…ん。ここ、なんか見覚えあるな。なんだっけ」
天井から床まで全面が大きなガラス張りのこの場所は…。
あ。
前に僕が仕事で撮影した場所だ。
ブライダルフェアで流すために作られたサンプルビデオで披露宴会場として使用された部屋だ。
上層階に建てられたこの部屋は周囲に高い建物がなくて、すごく遠くまで景色が見れて天候次第では富士山が見えることで有名な場所だ。
しょーちゃん、今日はここにいるってこと?また交流会か講習会?
「お、つ、か、れ、さ、ま、で、す。そ、こ、の、な、が、め、は、さ、い、こ、ー」
入力後、送信ボタンに触れると即画面に表示される。
しばらくそのまま待ってみたけど、読まれた形跡がつかないので、その画面を閉じた。
改めて二宮さんへ連絡するために画面を開き直して文字を打ち始める。
予定のある日を書いて、それ以外ならいつでも大丈夫ですと入力して送信。
ほどなく、二宮さんから日時が指定された相変わらずシンプルな返信が来て、それに対する返信をしてスケジュールアプリに書き込んだ。
真っ白に近いカレンダーに少しだけ色が付いた。
オーディションもないし、撮影もそんなに入ってないし、最近あまり行ってなかったジムの回数増やそうかな…。しょーちゃん家にも休みを合わせて泊まりに行こうかな。
ぼんやりと当面の予定を考えていたら、コール音と共に画面が切り替わった。
『事務所』と表示された画面に触れて耳にあてる。
「はい」
『相葉さんの携帯電話で宜しいでしょうか』
「はい。僕です」
『お疲れさまです。相葉さんとお会いしたいという方からお話がありまして連絡させていただいたんですが、ご都合いかがでしょうか』
「僕に、ですか…?金曜日は空いてますけど…。それか来週の水曜日以降か」
『今週の金曜日か来週の水曜日以降ですね。…では、金曜日の13時に今から申し上げる場所へ伺ってください。そちらで片桐さんと仰る方のお名前を伝えて頂ければ繋いでくださるそうです』
「はい。片桐さんですね。分かりました。…はい。ありがとうございました」
『それでは失礼いたします』
「失礼します」
電話を切ってさっきまで見ていたアプリを戻して書き込む。
なんだなんだ急にスケジュールが詰まったな。
同じ週に二宮さんたちのところへ行く予定と、片桐さんのいるところへ行く予定が入って急にこの週だけスケジュールが埋まった。
残念だけど、しょーちゃんのところへ行くのも今週はお預けだな。
電話の相手の事務員さんから聞いた場所は、しょーちゃんがいるホテルだったけど、片桐という名前はあまり聞き覚えがなかった。
普段僕らを担当してくれてる人とは違うようだし、今度のブライダルフェアの件じゃないのかな?
もしかしてしょーちゃんか二宮さんか大野さんなら知ってるかな。聞いてみよう。