翌朝携帯に入っていたしょーちゃんからの連絡に遅ればせながら返信をして、ばあちゃん家に向かった。
「ばあちゃん、おはよー」
「あれ、まぁくん。久しぶりねー」
「ばあちゃん、ほら雅紀が来たよ」
ばあちゃんがいる部屋に行ったら伯母たちが既に集まっていて朝から賑やかだった。
「…まぁくん?」
「そうよー。はい、起きようか。起こすよー」
言いながら伯母がばあちゃんの体をゆっくりと起こして上着を羽織らせる。
「ばあちゃん、おはよ」
「……お、は、よう」
ベッドの横で膝を折ってばあちゃんと視線を合わせ、小さな手を取って笑顔で挨拶をすれば、少し時間を置いて返事が返ってくる。
母さんから聞いてはいたけれど、近頃ばあちゃんはベッドの上で過ごす時間が日に日に増えているらしく、それと共に言動が不安定になっていた。
特に記憶に関して、何十年も前のことを昨日のことのように話し出したり、つい今しがたの事が分からなかったり、一週間前に出来ていたことが出来なくなっていたり。
人物に関しての記憶もひどく曖昧で、まるで初対面かのように他人行儀かと思えば、突然元通りになったり。
日によって波があるらしい。
ばあちゃんの手を自分の掌に乗せて、手の甲を親指でマッサージをするように優しく摩る。
しわだらけの節くれ立ったばあちゃんの手。
僕が小さい時、熱を出したらいつもこの手が僕のおでこに当てられて、吐けば背中を摩ってくれて、お腹が痛いと泣けば摩ってくれて、怪我をすればおまじないをしてくれた優しいばあちゃんの手。
『魔法の手』って呼んでた。
ばあちゃんの手があれば僕の痛いのや苦しいのはどこかへ行ってしまうから。
何かあればすぐにばあちゃんに泣きついて、ばあちゃん魔法の手して、て頼んでた。
あの頃は大きな手だったのにな…。
いつのまにこんなに小さく、細くなったのか。
今に至るまでの長い時間の流れを改めて感じた。
「まーぁくん」
「なーに?」
名前を呼ばれて視線を手から顔に移して返事をする。
「およめしゃんは?」
「へっ?!」
思わず握っていた手を放した。
「え!?雅紀、結婚したの?」
「まぁくん、いつの間に!?」
「し、ししし、してないしてないっ!!」
ばあちゃんの爆弾発言に伯母たちが色めきだつけれど、僕は全く身に覚えのない事を慌てて両手を振って全力で否定する。
「まぁくん、およめしゃん、いっしょ…?」
ばあちゃんは不思議そうな顔で腰に片手をやった。
「ばあちゃん?僕はまだ誰とも結婚してないよ?」
「あれぇー?」
誰かと間違っているのか、何かを勘違いしているのか分からないけど、伯母たちと顔を見合わせていたらそこへみんなに飲み物を持ってきた母さんが部屋へ来たので、経緯を説明すると、みんなに飲み物を配り終えてからばあちゃんの耳元で少し大きめの声で話し始めた。
「ばあちゃん、あれは、雅紀のお仕事よ。お婿さんの、写真を、撮る、おーしーごーと」
「おし、ご、と?」
「そう。お仕事」
母さんがカメラのシャッターを押す身振り手振りで説明すると分かったらしく、ニコニコしながらうんうんと頷いた。
「この間、雅紀の載ってる雑誌を見せたからね。それで現実とごちゃごちゃになったみたい」
「ああ」
「あ、私も見たわ。ブライダル情報誌のやつでしょ」
「そういうことかー。あーびっくりした」
そういうことかと全員が納得したことで事態は収拾し、僕は胸を撫で下ろした。