いつもは僕がしょーちゃんに抱き寄せられるパターンだけど、今日はいつもと逆。

 

僕がしょーちゃんの肩を抱き寄せてる。

 

 

「…いつもと逆だな」

 

 

ふふ、としょーちゃんが伏し目がちに笑う。

 

 

「こういうのもたまにはいいでしょ」

 

 

僕はそれに答える。

 

 

「…俺はいつも雅紀に助けられてる」

「そこはお互いさまだよ」

 

 

むしろ僕の方が助けられてる回数は多いと思うよ。いつだって僕はしょーちゃんがいると思えるから頑張れてる。

 

 

そうか、としょーちゃんは静かに笑った。

 

 

「…あのさ、しょーちゃん」

 

 

僕は本題を切り出すことにした。

 

こんなこと聞くのは初めてでタイミングなんていつがいいのか分からない。グズグズしてるうちに聞きそびれてしまいそうだ。

 

 

「ん?

「あの、さ、今日、しょーちゃん、仕事だったんだよね?

「なにその変な聞き方。今日?今日は休みだったけど」

 

 

緊張しすぎてたどたどしいカタコトの日本語みたいになってしまって、しょーちゃんに笑われた。

 

 

休み?じゃあやっぱり僕が見たのはしょーちゃんによく似た他人の空似ってやつだったんだと安心したのも束の間。

 

 

 

 

 

「でも、雅紀知ってるかな。ここから電車で乗り換えて行くんだけど、坂を上り切ったところにあるちょっと交通の便は悪いんだけど、見晴らしの良いホテルがあって、そこには行ったよ」

 

 

それを聞いて時間が止まった気がした。

 

その場所は僕が今日打ち合わせに行ったホテルの立地条件にばっちり当てはまった。

 

 

 

 

見間違いであって欲しかった。

 

僕の席のそばにいたあの人たちの言う『さくらいさん』は、しょーちゃんとは別の人が良かった。

 

 

「厳密には休みだけど、休みじゃねぇっつーの?最近俺休みのたびに講習会だの勉強会だの交流会やらに参加させられてんの。今日は交流会に参加してた」

「交流会…?

「強制ではないんだけど、今後の人脈作りのためにも参加した方がいいって上から言われててさ」

 

 

亡くなった前社長は人と人の交流を大事にする人で、ずっと会社としては誰かが参加してて、今回それが自分に回ってきたみたいだってしょーちゃんは言った。

 

 

「でもまあ、確かにうちのレベルでは考えられないところとの接点が出来たり、異文化を取り入れることで新しい提案に繋がったり、自分自身のスキルアップにもなって有難いね」

 

 

講習会や勉強会についても、その後経費で資格が取得できてラッキーなんて喜んでる。

 

 

そうだった。しょーちゃんてこういう人だった。自分のプライベート削るなんて苦にも思わない仕事大好き人間だったな。

 

そんな人が今この時期に見合いなんてする訳がない。

 

偶然が重なり過ぎてどうかしてたんだな僕は。

 

 

 

ちゃんと聞いてよかったと思った。聞かずにいたら、僕は一人で変な方向に暴走していたかもしれないし、そのせいでしょーちゃんを疑ってたら大変だっただろう。

 

 

 

 

 

「そう言えば、事務所の移籍問題はどうなってんの?

「あー、…ね?

 

 

濁した答えが答。

 

 

大手も零細も関係なくオーディションを受けたけど、今のところ届くのはお祈りメールと呼ばれる不合格通知だけ。

 

丁寧に書類で送付してくれたのはEastJsカンパニーだけだった。

 

 

「諦める?

「まさか!

 

 

でもやっぱり僕はこの世界で生きていきたいと思った。

最高の一日になる誰かの幸せに繋がるなら、僕はこの仕事を続けたい。

 

 

「まだ受けてないところも何社かあるし、やれるところまでやってみる」

 

 

以前の僕なら自信を失くして諦めていたかもしれない。

 

しょーちゃんや大野さんや二宮さんを見ていたら、僕の努力は最後までやり切ってないんじゃないかと思うようになった。

 

あんな風になりふり構わずがむしゃらな姿を見たら、僕の全力はまだまだ全力じゃない。諦めるにはまだ早い。

 

3人みたいには出来なくても、僕自身が最後までやり切ったと思えるならきっと後悔はしないはず。

 

 

僕には僕の目標がある。今辞めてしまったらこの先ずっと僕は後悔し続ける気がするんだ。

 

そんな風にはなりたくないと思えるようになったのはきっとしょーちゃんのおかげ。

 

しょーちゃんが、僕を信じてくれるから、僕は僕を諦めないでいられるようになったんだ。

 

 

「すげーキラキラしてんね。雅紀」

 

 

こめかみに拳をあて小首を傾げたたしょーちゃんがフッと笑った。

 

 

「眩しすぎて目ぇ開けてらんないわ」

 

 

そして手を広げ左右のこめかみに指を置いて目を隠して顔を左右に振った。

 

くぅー、なんて小芝居までしちゃってなんか腹立つ。

 

 

「なんだよしょーちゃん。僕のこと馬鹿にしてんの?

「してないよ」

「うっそだぁ。今のは絶対馬鹿にしたじゃん」

「ほんとにしてないってば。痛い痛い、やめろって」

 

 

側にあったクッションでポコポコとしょーちゃんを叩いたら、苦笑するしょーちゃんにクッションを取り上げられて、それまでふざけてたしょーちゃんが急に真面目な顔になった。