そうと決まればあとは早かった。僕はしょーちゃんに指示を出しつつ自分の仕事もして、小一時間ほどでどうにか見れる形にはなり、ふぅと一息つけば妙な達成感を得た。
洗濯物は浴室乾燥にかけて、ソファーに積まれた服は畳むものと吊るすものに分けて片付けた。
テーブルの上も出しっぱなしで使わないものは元の場所に戻したし、最後に台拭きで拭いた。
床に置きっぱなしだった書物もいるものといらないものに分けてもらって、掃除機をかけてフローリング用のウェットシートで仕上げ拭きした。
床もしっかり見えるようになったし、ほぼ元通り。
コーヒーを淹れてる間にゴミを捨てに行っていたしょーちゃんが戻って来た。
「しょーちゃん、お疲れさまでした」
「いやいや雅紀こそお疲れ様。ありがとな」
マグカップに移したコーヒーをしょーちゃんが運んでくれて、2人でソファーに座ってもう一度おつかれさまを言って口をつけた。
「…あのさ、しょーちゃん」
「ん?」
両手で持ったマグカップを見ながらしょーちゃんに話しかける。
緊張のせいか少しだけ声が硬くなる。
「しょーちゃんが、今働いてるホテルの社長さんの親戚だったって、ホントなの?」
「……うん」
一番訊きたいことはこれじゃないけど、こっちも本人の口から直接訊きたかったこと。
「今の社長が長男で、先日亡くなったのが次男。うちの母親が末っ子なんだって」
その言葉を皮切りにしょーちゃんがこれまでのことを僕が分かり易いように説明してくれた。
しょーちゃんのお母さんは先々代社長の娘で、しょーちゃんのお父さんとの結婚を反対されて家を飛び出した。
それを機に父子の交流は絶えてしまったけれど、しょーちゃんが生まれたことでお兄さんたちとは再び連絡を取り合うようになった。
先々代の社長がずっとしょーちゃんのお母さんのことを気にかけていたのを知っていたお兄さんたちが、時々ホテルにしょーちゃんたちを招待していたことを今回初めてしょーちゃんも聞かされて知った。
「うちが毎年誕生日に外食してた理由がそこにあったってわけ。俺が池で会ってた爺さんの話憶えてる?」
「ああ、うん」
鯉の餌やりをさせてくれた物知りなお爺さんがいたことを前に話してくれていたのを思い出す。
「あの爺さんこそ先々代の社長で、俺の実の祖父だった、ってオチ」
「え…、ええーーーっ!?」
危うく手にしていたカップを落とすところだった。
その様子を見ていたしょーちゃんがくすくす笑いながら、僕の手からカップを取ってソファーの前の小さなテーブルに置いた。
「な。すげぇよな」
一度勘当して追い出してしまった手前、すんなりと受け入れることも出来ず意地を張った結果、素性を明かせないままお祖父さんはしょーちゃんが大学生になる前に他界してしまったらしい。
お祖父さんの遺言でしょーちゃん一家は最期までお別れをすることは叶わなかった。
「そして偶然にもしょーちゃんがそこで働くことになったんだね」
「そういうこと」
じゃあ、今回亡くなったのは勤務先の元社長であり、伯父さんってことだよね。
その事実をどのタイミングで知ったんだろう。亡くなる前?後?
だけどしょーちゃんにとって、大切な人を亡くしたことには変わらない。
「…大変だったね」
僕の膝に置かれたしょーちゃんの左手に僕の右手を重ねる。
あたたかい手。
あたたかい。と感じることは。
しょーちゃんが、ここにいる。ということ。
僕が、しょーちゃんと同じ場所にいる。ということ。
強い視線を感じてそちらに顔を向けると、真剣な眼差しのしょーちゃんが僕を見ていた。
ゆっくりと、しょーちゃんの綺麗な顔が近づいて来る。
半分伏せられた目と、少しだけ開いている唇はいつだって僕を魅了する。
鼻先が触れ合う距離まで近づいて来た時に僕は目を閉じてしょーちゃんの唇が重ねられるのを待った。
ふわり、と羽のように軽やかで柔らかくて優しいキスが落ちてくる。
触れている場所からしょーちゃんの想いが流れ込んでくるような、そんなキス。
しょーちゃん。
やっぱり僕しょーちゃんが好きだよ。
だいすきだよ。
ゆっくりとしょーちゃんが僕から離れて行くのを感じ、閉じていた目を開けたら微笑むしょーちゃんと目が合った。
僕の気持ち、伝わったかな。
なんだか照れくさくてえへへと笑ってみたら、しょーちゃんも安心したみたいに笑い返してくれた。