「おはようございます」

「おはようございます。相葉さん、今日は宜しくお願いします」

 

 

待ち合わせた駅で挨拶をしてから車で現場まで向かい、ホテルに着いて相手方の担当者を呼び出してもらうため受付に声を掛けている間、僕はなんとなくラウンジを見ていた。

 

 

左端から右方向へぐるりと視線を向けた時、真ん中あたりで視線が止まった。

 

 

こちらに背を向けているスーツ姿にどことなく見覚えがある気がして、だけどここにいる筈のない人間だし僕の勘違いだろうと思っていた。

 

 

スッと立ち上がったその男性の横顔が一瞬だけ見えて、それはやっぱりしょーちゃんにそっくりであんなイケメンが二人もこの世に存在することになぜかドキドキした。

 

思わず彼の姿が見えなくなるまで視線で追ってしまい、僕は自分の名前を呼ばれるまで完全に事務所の人の存在を忘れていた。

 

 

 

 

呼び出された担当者が現れ、先程僕が見ていたラウンジに促され、担当者同士互いに挨拶から始まり今後についての話し合いをしている最中、振り袖姿の女性とその両親らしき男女ともう一人の年配女性が近くの席に着いた。

 

 

「それでね、社長さんの甥御さんで、とっても優秀な方だそうよ。それにお顔立ちもとても整ってらしてね、きっと皆さんのお眼鏡に敵う方だと思ってわたくし自信を持っておりますのよ」

 

 

上品に笑う女性の話から察するにこのグループはこれからお見合いの席に向かうのだろう。

 

 

顔が良くて仕事が出来て偉い人の身内だなんて、つい最近聞いたようなスペックの人が身近にいたなあと漠然と思った。

 

 

「そろそろお時間ね。お部屋に行きましょうか。それにしてもあんなに小さかった子がこんな綺麗なお嬢さんにおなりだなんてねー、きっと櫻井さんも一目で気に入ってくださるに違いないわ」

 

 

 

突然飛び込んで来たその名前に一瞬心臓が止まるかと思った。

 

 

 

雑談を続けながら僕の横をすり抜けて行ったその人たちが、さっきしょーちゃんに似た人が歩いて行った方向と同じ方に歩いて行く後ろ姿を呆然と見送っていた。

 

 

 

 

 

今、櫻井って言った…よね。

 

 

 

 

 

社長の甥で、仕事の出来る優秀な社員でイケメンの櫻井さんて人は、さっき見かけたしょーちゃんそっくりな人と関係あるのかな。

 

 

しょーちゃんは今何してるのかな。…ってか仕事だよね。最近のスケジュール知らないけど。

 

 

 

 

いや、待って。ちょっと、僕混乱してるな。この間から情報過多で処理が追いつかないんだけど。

 

 

手渡された資料を持つ手がガタガタと震え出す。

 

 

 

 

ダメだ、全然整理できないや。今は仕事に集中しなきゃいけないのに、これじゃダメだ。

 

 

「すいません、ちょっとお手洗い行ってきていいですか?

「どうぞ。この通路をまっすぐ行った突き当りになります」

 

 

足早に教わった場所に向かい、ドアを開けてすぐ洗面台を目指す。

 

手をかざして水を出し、勢いよく顔を洗い始める。

 

 

 

 

連絡がつかないからってこのままじゃ良くないな…。

 

一度しょーちゃんに会わなきゃ。会って、本人から直接聞こう。時間が合わないなんて言い訳にしかならないから、今やらなきゃ。

 

しょーちゃんはこんな時、時間を作ってくれた。今度は僕がそうする番だ。

 

 

洗うたびに少しずつ頭が冴えてきて、冷静になれた。

 

ズボンの尻ポケットから出したハンカチで顔を拭いて正面の鏡を見ると、ここに入って来た時の情けない顔より少しはマシな顔つきになったと思う。

 

 

「…まずは、しょーちゃんと連絡を取る。出来れば直接顔を見て話す。聞きたいことは簡潔に纏めておく。今は仕事に集中する。…よし」

 

 

パンッと両頬を叩いて気合を入れ直してラウンジに戻り、僕は目の前の今やるべきことに集中することにした。