『…おかけになった電話番号は、現在電波が届かない場所にいるか、』

 

 

 

 

「あー、またかぁ」

 

 

耳に当てていた電話を離し、終話ボタンを押した。

 

 

 

あの日、僕の話を聞いて間もなくしょーちゃんは出かけ、滞在時間は本当にわずかで、僕の話を聞くためだけに帰宅してくれたんだというのを実感した。

 

 

しょーちゃんから暫く立て込むからあまり連絡が取れないかもしれないというメッセージが後日送られて来て、そこからはほとんど連絡がつかなくなった。

 

 

 

電話はいつも留守電だし、メッセージも時々しか返信が来なかった。

 

 

僕は僕で新しい所属先を探すために何社も履歴書を送って面接を受けたり、レッスンに通ったり慌ただしく過ごしていた。

 

 

 

 

しょーちゃんのところとは別のホテルのブライダルフェアの打ち合わせがあって事務所に出向いていたら、喪服姿の社長が帰って来た。

 

 

「いや~、しかしまさか櫻井くんが社長の身内だったとはねえ。驚きだったよ」

 

 

スーツの上着をコート掛けに掛けて椅子に座った社長がくるりと振り返った。

 

事務員さんが机に置いた湯呑みを手に取って、ずずっと啜りながら一口飲んだ。

 

 

 

…え?

 

 

誰が誰の身内だって?

 

 

「櫻井さんが、何です?

「ああ、相葉くんはあそこのホテルのブライダルモデルの仕事多いから櫻井くんとはよく会ってるか。櫻井くんは亡くなった前の社長と現社長の甥御さんだったんだよ。今日の偲ぶ会の中で公表されてね。その場にいた殆どの人が初めて聞いた話でね、しばらくはその話で持ちきりだったよ」

 

 

自分の耳を疑って改めて訊き直したら社長がもう一度教えてくれた。

 

 

 

しょーちゃんが!?

 

 

 

自分が働いているホテルの社長の身内?

 

 

 

今までそんな話は一度も聞いた事がなかったけれど、それを聞いて今までいくつか疑問に思っていたことに妙に納得がいった。

 

 

 

なぜしょーちゃんが偉い人たちが出席するような会議に出席していたのか。

 

 

 

どうしてしょーちゃんが早期退職勧奨を告げる任務に指名を受けたのか。

 

 

 

駆けずり回りながら様々な部署での研修をしていたのか。

 

 

 

いくらしょーちゃんが優秀な社員とはいえ不可解だったものが、一気に謎が解けた。

 

 

 

 

 

すべてはそこに繋がっていた。

 

 

 

 

「あそこは社員の大量退職やら前社長が亡くなったり、短い間に色々大変な事が重なったもんだけど、櫻井くんのような優秀な後継者が見つかって安泰だろうなあ…」

 

 

社長は両手で包み込んだ湯呑みを眺めながら、しみじみと呟いた。

 

自分の会社を畳むことになり、社長自身色々思うところがあるんだろう。

 

僕は社長の言葉を独り言だと思うことにして、聞き流すことにした。

 

 

「相葉さん、これが次回のフェア用の資料になりますので目を通しておいてください」

「はい。ありがとうございます」

「今回はあちらの担当の方にご挨拶がありますので、うちの者が一人相葉さんに帯同させていただくことになります」

「分かりました」

 

 

何度かお世話になったそのホテルも今回が最後のブライダルフェアとなり、事務所の人間が挨拶を兼ねた報告の為同行することになった。

 

当日ホテルの最寄り駅で集合することで話がまとまり、事務所を出てから再びかけた電話はやはり留守電で、夜になってもコールバックはなかった。