良いことはあまり続かないのに、良くないことってどうして立て続けに起こるんだろう。
大野さんたちが独立して二年目を迎えようとした頃、しょーちゃんが働いているホテルの前社長が亡くなった。
以前から体調が良くないことは聞いていて、ずっと前に受けた検査で病気が見つかり、長期療養に入るために社長業を退いたとしょーちゃんからは聞いていた。
葬儀は密葬で行われ、後日偲ぶ会が行われると事務所に連絡が入った。
これを発端に僕を取り巻く環境が大きく変化して、結果、僕は色んなものを失ったけれど、得るものがなかったかと言うとそれは嘘になる。
だけど、失ったものの最たるものがしょーちゃんだというのは紛れもない事実だった。
この時期、僕としょーちゃんは互いの仕事でタイミングが合わずすれ違ってばかりだった。
しょーちゃんは着々とキャリアアップして肩書きがコロコロ変わっていき、僕は僕で大野さんに撮ってもらった写真をきっかけに撮影依頼が増えてきたタイミングだった。
今までのように夜中に僕のところへ来ることさえ出来ないほどしょーちゃんは忙しく、僕もしょーちゃんの家で一日待つことが難しくなっていた。
ある日、所属モデルを含め全社員が事務所に集められ、社長の口から報告された内容はその場にいた全員が予想だにしないものだった。
「すみません、社長。もう一度仰っていただけますでしょうか」
呆気にとられる僕らをよそに、僕らのスケジュール管理をしてくれている事務員さんが口を開いた。
社長は、ぐるりとその場にいる人に視線を巡らせ、同じ言葉を口にした。
「この事務所を畳むことにしました。理由は私事ですが、郷里の親の介護のためです」
聞けば社長のご両親は他県で存命だったが、高齢で、先日倒れられて一命は取り留めたものの後遺症が残ってしまったらしい。
今後、自宅に帰ってからは家族の協力なしでは生活できないらしく、社長が東京を去ることを決めたのだと言う。
「あなた方の今後については出来る限りのことはしたいと考えています。現在新規の仕事は受け付けていないので、今受けている仕事が最後の仕事になると思ってください。以上です」
社長が席を立ち、場が一気にざわつく。
それを鎮めたのはやはりさっきの事務員さんだった。
パンパンと大きく手を打ち注目を向けると冷静に、今日のスケジュールを伝達を始めた。
それに従い、モデル業務のあるものは指定の場所へ移動していき、事務所内で作業があるものはその作業に就いた。
僕は次回のブライダルフェアのモデルとして出演予定のホテルで打ち合わせがあったからそちらへ向かう途中、しょーちゃんに連絡を入れた。
『会いたい。話がしたい。いつなら会える?』
この前最後に会ったのいつだっけ?
付き合い始めた頃のように頻繁なメールのやりとりも近頃は出来てないし、返事が来るのが半日後になるのも珍しくなくなった。
僅かな時間を惜しんでの逢瀬を重ねなくなったのは、時間をかけて築き上げた信頼関係がなせる技なんだと思っていた。
相手を知ることに貪欲になり、若さゆえの加速度的なものから、一通り相手を知り、緩やかに現状をキープする今の状態を心地良く感じ始め、お互いイイ感じに仕事が出来るようになって相手の邪魔にならないような配慮が出来る、円熟期に入ったような気になっていたのかもしれない。
『明後日の夕方少しなら。夜には外出予定がある』
長い打ち合わせを終えてホテルを出る頃にようやく返信があり、自分の予定を照らし合わせる。
『ありがとう。明後日、しょーちゃん家で待ってる』
忙しい最中どうにか時間を作ってくれたしょーちゃんに感謝して、久しぶりにしょーちゃんに会える日が来ると思うと何だか落ち着かなくなる自分が少しおかしくて笑えた。