「許して、くれるの?僕のこと」

 

 

裏切者の僕なのに?

 

しょーちゃんが好きなのに大野さんを応援することを選んだ僕なのに?

 

 

「許すとか、許さないとかじゃなくて・・・・・・。雅紀は、俺より大野さんの方がいい?

「え?

「今日、大野さんかっこいいって言ってたもんな。確かにあの人は器がデカイから少々のことぐらいじゃ動じることなんてないだろうし、やることも粋だし、仕事も出来るし、金も持ってるし、かっこよくて、男が惚れるタイプの男だからな。俺じゃ物足りないよな」

 

 

どうせ俺は恋人が他の男を褒めるのを受け流せない器の小さい男ですよーなんて、突然いじけ始めた。

 

 

「しょ、しょーちゃん?

 

 

正面を向いてしょーちゃんは、頭を垂れて長い息を吐いた。

 

 

「俺はさ、怖くて仕方なかったよ。一人でやる訳じゃないけど、仲間を売るみたいで。自分を無にして相手を評価したけど、その評価次第で相手の人生狂わしちゃうんじゃないかって。だけど、手心を加えることはしたくなくて。少なからずリストに名前が挙がるということはそれだけの理由があるから・・・。その評価を少しでも覆したくて調査すればするほど悪循環で・・・毎日のように対象者が現れる夢を見た」

 

 

自分の両掌をじっと見た後、その手で顔を覆った。

 

 

 

 

眠っている時にうなされる姿は何度か隣で目にした。苦しそうに呻いて、眉間に皺を寄せて汗をかくことも。

 

 

大野さんのことだけでもしょーちゃんに話してしまえば、少しは楽になれるんじゃないかと何度も思った。

 

 

「・・・正直、大野さんが自己退職するって聞いて、ホッとしたんだ。俺があの人に引導を渡すんじゃないって分かって、喜んだんだ。・・・最低な人間なんだよ俺は」

 

 

あんなに世話になった人なのに、恩を仇で返そうとした。いや、返したんだ。許されないのは俺の方なんだよ。としょーちゃんは震える手から顔をあげて、泣きそうな顔をして笑う。

 

 

「何度も逃げ出したいと思った。俺にはこの仕事は出来ないって放り出してしまいたかった。でも、俺がやらなくたって誰かがやるんだ。俺がやらなかったことでやらなくていい人がやらなきゃなくなる。俺がやれば評価を上げれた人が下がることだってあるんだって思いながら人を評価し続けて、おかしくなりそうな俺を雅紀に助けてもらってたんだ」

「僕?

「雅紀が、『しょーちゃん、好き』って言ってくれて、『しょーちゃん、しょーちゃん』っていつも通りの雅紀でいてくれるから俺は心の均衡を保っていられた。人の暗部ばかり見ている俺にとっての光明だったんだよ雅紀は」

 

 

そう言ってしょーちゃんは自分の掌をフロントガラスに向けて翳し、広げた指の隙間から漏れる光に目を細めた。

 

 

「しょーちゃん・・・」

「どんな俺でも、雅紀に嘘をつかなければ、嘘でもつき通して本物にするならそばにいてくれるって言葉があったから、誰かに罵倒されようと、嫌われようと、職責を全うしようと思えた。俺は一人じゃない。分かってくれる人がいる、って思えたんだ。」

 

 

その言葉を支えにしてきたんだと言うしょーちゃんは、僕を迎えに来た時の意地悪なしょーちゃんじゃなくて、いつものしょーちゃんだった。