車が停車したのは、前にも来た住宅街を抜けた無人の駐車スペース。
ほんの少しだけ窓を開けた状態でエンジンを切って、シートベルトを外して新たに煙草に火を点けた。
暗い車内に一瞬赤い炎が灯り、しょーちゃんの整った顔が浮かび上がる。
いつもなら吸う前に一声かけてくれるのに。
車に乗り込んでから一度もこっちを見てくれないし、なんならシートベルトの件以外で一言もしゃべってない。
「・・・しょーちゃん、明日仕事は?」
思い切ってこっちから話しかけてみた。
「ふっつーに朝から日勤ですけど」
『普通』の言い方にアクセントをつけてチラ、と視線だけをこっちに向けてまた前を見る。
「じゃあ早く帰らなきゃ。なんで来たのさ」
その言い方がなんか言いたげで、ちょっとムカッと来たので、ついこっちまで感じの悪い言い方をしてしまった。
「誰かさんが黙って帰らなきゃこんなことしなくて済んだんですけど」
深く吸い込んだ煙を最後まで吐き出した後、苛立たしそうに煙草を消したしょーちゃんが上半身を捻ってやっとこっちを見てくれた。
窓から差し込む月明かりを背に僕を見たしょーちゃんの顔を、フロントガラスからの月明かりが照らして、恐らく怒っているのに、不機嫌な顔のはずなのに綺麗な絵みたいな姿に思わず見惚れ、本当ならそんな態度を取る彼に文句の一つも言わなきゃいけないはずなのに。
それなのに僕は。
ようやくまともに彼の顔を見ることが出来たことの方が嬉しかった。
悔しい。めっちゃくちゃ悔しい。
こんな扱いを受けてるのに、会って、まともに顔見ただけで喜んじゃう自分がムカつく。
僕をちょっと見るだけでこんなに喜ばせるしょーちゃんにムカつく。
「しょーちゃんを寝かせてあげたかったんだもん」
やっと重圧から解放されて気が緩んだから、僕を前にあれだけ熟睡してんだもん。
いつものしょーちゃんなら、僕がキスしたら絶対目を覚ましてたよ。
ずっと気を張ってたんでしょう?やっと眠れるんでしょう?
なら、寝かせてあげたいと思うじゃん。
「一緒に寝りゃ良かっただろ。てか、いつもそうしてんじゃん」
「しょーちゃん・・・。僕は、まだ許されてないんだ。許されたかどうかすら分からないのに、隣で眠るなんて出来ないよ・・・」
俯いて、自分の掌を見る。
「許す・・・?」
しょーちゃんが怪訝な顔をして僕の言葉に耳を傾ける。
「だってさ、大野さんも二宮さんも、しょーちゃんも、みんなは大事な人の為に力になりたいって頑張ってたわけじゃない。でも僕は、しょーちゃんが大変な思いをしてるのを知りながら大野さんの応援をしたんだから、それって、しょーちゃんにとっては裏切り行為でしょ?・・・僕はそれは許されないことだと思ってる」
ぼんやり眺めてた自分の手をゆっくり握り込んで拳を作る。
「・・・それは、結果そうなっただけであって、意図的に俺を騙そうと思ったわけじゃないだろ」
「うん…」
「そりゃ大野さんの件を隠されてたことはショックだったけど、二宮に口止めされてたんだし仕方ないことだろ。みんな、それぞれに事情がある。雅紀だって、俺が苦しむ姿を見たくないって思ってくれたなら、それでいい。雅紀は、俺が疲れ果てて雅紀のところへ帰るたびに優しく受け容れてくれたから、それでいいんだ。何度も壊れそうになった俺の精神を守ってくれたのは間違いなく雅紀だ」
そう言ってしょーちゃんが、笑ってくれた。
笑ってくれたんだ。しょーちゃんが。