風呂の始末をして、自室に戻って携帯電話を確認すると、しょーちゃんから連絡が入っていた。
複数のメールと着信。
どちらも既に20分以上前のもの。
時間も時間だしと、自宅に帰って風呂に入っていたことを織り込んだメールを返信した。
すると秒の速さで電話が鳴る。
「も、もしもし?」
『なんで?』
相手なんて見なくても分かるし、ましてその声のトーンでどれだけ機嫌を損ねているかもわかる。
掠れた超絶低いその声。
どのタイミングで目が覚めたか分からないけど、たぶん、起きてから僕から何らかの方法で返信がくるまで寝ずに待っていたんだろう。
その手に携帯を持って。
「な、なんでって、電車あったから?」
帰り路の途中でメールを送ろうかとも考えたけど、それを受信した時の音やバイブで起きてしまうかもしれないと思って、しょーちゃん家に理由を書いたメモを残しては来たのだけど・・・。
呆れたような、怒りのような溜め息が耳に届く。
『・・・俺、ちゃんと話聞いてないって言ったよな』
「言ったけど・・・、しょーちゃん寝ちゃったし」
『起きたら話すって言ったからだろ・・・。クッソ。さん・・・、20分待ってろ』
言うだけ言ってしょーちゃんが一方的に電話を切った。
「え?!しょーちゃんっ?しょ、」
20分て言った?待ってろ、ってまさか・・・。
すぐに部屋の窓を開けて周囲を確認するが、寝静まった住宅街の静寂があるだけだった。
・・・だよね。いくらなんでも、ねえ。
しょーちゃん家からここまでは高速を使う距離だし、来るわけがないし、来たとしても20分では来れるわけがない。
静かに窓を閉め、のんびりまだ湿っていた髪を乾かしていたころ、メールが届いた。
“着いた”
“家の前”
時計を見ればきっかり20分後で、窓の下側からそーっと覗いて見れば、見覚えのある車が路駐されてる。
マジか。
しょーちゃん家から20分では絶対来れないのに来たと言うことは、電話の時点で既に家を出ていたと言うことになる。
急いで出て行く準備をしながら、どこか懐かしく思えた。
前にもこんなことがあった。
あれはしょーちゃんが僕に合鍵をくれた日。
うちの事務所がしょーちゃんの働くホテルでの仕事を獲ってこれなくてへこんでた僕を励ましに来てくれたとき。
あの時もしょーちゃんはこうやって深夜に車を飛ばして、会いに来てくれた。
ドキドキと逸る心を押さえながら、急いでしょーちゃんのところへ向かう。
だけど、前と違ってしょーちゃんは、外で待っててくれなかった。
運転席に座ったままシートベルトすら外さず、煙草をふかしていた。
助手席の窓を軽くノックしてこちらに気づかせると、顔だけ向けて乗れと指示する。
「移動してもいいならベルトして」
僕が乗り込むと顔を背けてこちらを見ようともせず話しかけてきた。
「いいよ」
そう答えてシートベルトを着けたのを横目で確認したしょーちゃんは、煙草を消して静かに車を走らせた。
いつもなら、車中の会話も弾むのに。
今は重苦しい雰囲気と、微かに流れるオーディオから聞こえてくるジャズの音楽に包まれている。
僕がしょーちゃんの方を見ても、いつもならその視線に気づいて微笑みかけてくれるのにそれすらなくて、仕方なく頬杖をついて流れゆく景色を見ていた。
サイドミラーに映る僕をしょーちゃんが見ていたなんて気づくこともなく。