「ねえしょーちゃん?」
「んー?」
このほんのちょっとの隙に立ったまま寝ちゃってたの?てぐらいぼんやりした答え方のしょーちゃん。
「二宮さんと大野さん、幸せになるといいねえ」
「んー。そうだねえ・・・」
「・・・眠いの?」
「・・・ちょっとだけ」
腕の中のしょーちゃんはぽかぽかして温かい熱を放っていて、たぶんちょっとどころか相当眠いんだと思う。
「ベッド行って寝よ?歩ける?」
「ん、んんー・・・」
何度か目をしばたかせて頑張って目を開けようとしているみたいだけど、限界みたいで開けられない。
「ほら、行くよ?」
「いやだ」
なのに、僕を抱きしめる腕の力は増す。
離れたくないと言ってるみたいに。
「どうしたの?しょーちゃん。眠いんでしょ?寝ようよ」
「眠い・・・けど、今無性に雅紀に優しくしたい・・・のに、できないのはなんでだろう・・・」
しがみつくみたいに僕の背中のしょーちゃんの指が食いこんでくる。
なのに痛みを感じないのは、これがしょーちゃんの気持ちの強さだからかな?
抱きしめられる強さがしょーちゃんの優しさと想いの強さなのだとしたら、僕はたとえそれが痛みを伴ったとしても受け容れられるんだ。
「ね、しょーちゃん。とりあえずベッド行こ?寝なくてもいいから。ね」
「ん・・・ん」
2人で抱き合いながらズリズリと寝室まで歩いて行って、何とかベッドにしょーちゃんの体を落とす。
しょーちゃんは目を閉じたままゴソゴソといつも寝る位置まで移動して、そこへ僕が上から布団をかける。
「あー・・・、待っ、て。待って、俺、雅紀の、話、まだちゃんと聞いてな・・・」
ごろんと仰向けになって目の上に腕を置いてまだ睡魔に抵抗している。
「大丈夫。起きたら聞いてもらうから心配しないで。さ、しょーちゃんは寝な。おつかれさま」
「・・・ん。ごめ・・・」
あっと言う間にしょーちゃんは眠りに落ちていった。
出来るだけスプリングをはずませないように気をつけて、そっと頭の近くに腰を下ろした。
スースーと寝息を立てて眠るしょーちゃんからは疲れの色が見える。
額にかかる前髪をよけて、前から後ろへ梳いていく。
ワックスのせいでいつもみたい指が通らないから諦めて、表面をそっと撫でた。
僕がいる時にこれほど無防備に深く眠る姿はあまり見たことがなくて、嬉しい反面胸が痛んだ。
でも。やっと。
「・・・もう、終わるね。良かったね、しょーちゃん・・・」
しょーちゃんは一週間と言っていた。大野さんは長くて今月末とも。
人事に携わる仕事の大変さは傍から見ていても分かった。もしこの仕事を自分が任されたらどうなっただろう。
自分の同僚や先輩後輩、上司を自分の裁量一つで、その人とその人を取り巻く人たちの人生を左右させてしまうかもしれないなんて考えるだけでも恐ろしい。
今回は大野さんが先に場から降りてしまったから誰もそんな思いはしなくて済んだけど、もしも、このまま大野さんが審判が下るまで場に残っていたら、しょーちゃんはどんな判断を下していたんだろう。
仕事として割り切っても、きっと感情では割り切れない。
その狭間でしょーちゃんは苦悩するのが目に見えるようで、本当にそれが現実にならなくて良かったと思った。
今でさえこれほど疲れ切って、たぶんホッとして一気に眠気が来たんだろう。
「しょーちゃん・・・」
きっとこのまま朝まで眠り続けるだろう。好きなだけ眠らせてあげたい。
愛おしいという気持ちでいっぱいになった僕は、閉じられた瞼と薄く開いたくちびるにキスを落として寝室を後にして、使った食器を洗って片付けて静かに鍵を閉めて、電車のある時間の内に自宅に帰った。