「早ければ今週末、遅くても今月中には決定して、早期退職勧奨による退職扱いなら退職金が何割か割増されるはずだったんだ。だけどそれを前に退職届を出したもんだから自主退職による通常扱いになったんだよ」
こともなげに大野さんは言うけど、たった一週間の差で退職金が大きく変わる。
そこまで分かっていながら大野さんはどうして今退職することを選んだのか。
以前から決めていたなら、どうしてもっと早くそうしてくれなかったんだろう。そしたらしょーちゃんはこんなに苦しまなくても良かったのに。
「・・・元々俺はさ、先代社長だったから好き勝手にやらせてもらえただけだからな。今の社長とはソリが合わないつーか、先代と今の社長とでは経営理念が違うだろ」
部外者の僕には分からないけど、きっとそれは2人も感じてるんだと思う。
「あと一週間て翔くんは言ったけど、もし俺が事前に退職するって言ってたら翔くんは俺を引き留めてたろ?一週間我慢しろって言われたらなんでだ?て理由が知りたくなる。それでもし一週間後に結果が出なかったら?月末まで待てって?それで俺がリストから外されたらしばらくは辞められなくなるんじゃないのか?」
「…………」
「俺はこうするって決めたら譲らないのは翔くんもニノも知ってるし、引き留めるための理由を翔くんは話さなきゃなんない。それって守秘義務違反になっちゃうだろ」
しょーちゃんも二宮さんも返す言葉を失って、ただただ静かに聞いている。
大野さんの言う通り、しょーちゃんなら絶対大野さんを引き留めるだろうし、理由を問いつめられても答えることはできないし、答えたらそれは違反になってそれが他の人に知られたらしょーちゃんだって罰をくらうかもしれない。
大野さんはそれを避けるために?
しょーちゃんを守るために今のタイミングだったの?
「でも・・・」
しょーちゃんが涙を拭う。
大野さんはどうやってその情報を手に入れたの?その人はペナルティーを受けることはないの?
退職してすぐ次の職が決まるかは今のご時世、分からない。昔と違って高学歴も前職も再就職に有利に働く時代ではなくなりつつある。
生活を支えるための基盤はすこしでも多く残すに越したことはないのにと、それらをしょーちゃんは心配してるんだと思う。
大野さんが起業することをしょーちゃんはまだ知らないから。
「・・・いいんだ」
しょーちゃんを安心させるように大野さんは微笑む。
「それに俺は、金が欲しいわけじゃないし。優雅な独身をそれなりに味わって、そこそこ小金は持ってるし、金なんかより俺にはもっと大事なものがあるんだ」