屈託ない笑顔に思わずドキンとしてしまって、慌てて視線を二宮さんの顔から逸らせた。

 

 

その時にふと目についた。

 

 

「あれ…?二宮さん、虫に刺されてます?

「え?どこ?

「ここ」

 

 

そう言いながら、自分の体を二宮さんに見立て、自分の着ている服の襟首を伸ばして左側の鎖骨の辺りを指した。

 

 

「…別に痒くもなんともないけど」

 

 

そう言いながら二宮さんはゴシゴシと掌で擦っている。

 

 

「あ、僕飲み物のおかわり入れてきますね」

「俺もトイレ行って来る」

 

 

二人で立ち上がり、僕はドリンクサーバーの方へ、二宮さんはトイレの方へお互い歩き出す。

 

 

僕の方が先に席に戻って飲み物を飲んでいると、前から不機嫌そうな表情をした二宮さんが戻って来た。

 

 

「あの…、二宮さん?

「何?

 

 

その声は明らかに棘があり、以前の僕に対する返答の仕方だった。

 

 

僕、余計なこと言って怒らせちゃったのかな・・・。

 

 

その間も二宮さんはずっと首の辺りを気にしている風で、何度かそこを擦って真っ赤になっている。

 

 

「二宮さん、あんまり強く擦っちゃだめです。肌が荒れますよ」

 

 

むう、と膨れっ面になった二宮さんは頬杖をついてそちら側を僕から遠ざけるように顔を横に向けた。

 

耳の辺りも掻いたのか、赤くなっているのが見えた。

 

これは相当な怒りっぷりだなあと思ったけど、どうしてだろう、何故か腹は立たない。

 

 

なんだか今日の二宮さんは色んな表情を見せてくれて、きっとこれが本来の彼なんだ。

 

いつも人当たりの良い感じで接していてくれたのは仕事用の顔なのかな。

 

今はプライベートの素の二宮さんを見せてくれているのかと思うと、なんだか嬉しかった。

 

 

「なに、ニヤニヤしてんのさ」

「え?

 

 

相変わらず横を向いたまま、目だけを僕の方に向けて二宮さんが言った。

 

 

「ヘラヘラしてんじゃないよ」

 

 

口調は怒っているのに、可愛らしさの方が際立つように感じられるのは、少なからずこの人が僕に心を開いてくれているからだと思ってもいいのかな。

 

 

「あのさあ…」

 

 

さっきまでの不機嫌を前面に押し出したのとは違って、普通の声音に戻って話しかけられた。

 

 

「大野さんは怖い人だよ。写真に関しては、本当に本気の人だから。なめてかかると相当痛い目見る羽目になるから気をつけて」

 

 

横顔からでも鬼気迫る表情なのが分かり、2人の間になにか因縁でもあるのかと思うほどで。

 

 

「でも、その分あの人に撮ってもらうなら絶対にいい評価が得られるように撮ってくれるから、その点は安心して」

 

 

言葉に含まれるのは絶対的な信頼感。大野さんと二宮さんの間に何かが生まれたのが分かる。

 

 

だって、こんなに優しい顔をして大野さんのことを語る二宮さんは初めてだから。

 

 

「…くふふ。ありがとうございます」

 

 

そして、僕と二宮さんの間にも、何かが生まれたと僕は思う。

 

僕のことを真剣に心配して、真剣に考えてくれるのが分かるから。

 

 

 

今後に関しては、とりあえず僕との契約をどうするかを一度持ち帰ってもらって、大野さんに検討してもらうことで落ち着いた。

 

 

「相葉くん、落とし物」

 

 

会計を終えて店を出ようとしたところに、スッと二宮さんの手が出てきて差し出されたのは見覚えのある携帯電話。

 

 

「えっ?あれ、いつの間に?ありがとうございます」

 

 

電話を入れていたはずの場所に手を突っ込んだら、確かに感触がない。

 

帰る前にトイレに席を立った時に座席に落としていたのを、二宮さんが拾ってくれていた。

 

 

「…『しょーちゃん』と言えばさー」

「ふえっ!?は、はいっ!!

 

 

いきなりの話題に思わず声が裏返った。

 

 

「俺、櫻井のフルネームをこないだ知ったんだよねー」

「そ、そうなんですね」

「同期なのにさー、大野さんが下の名前で呼んでて初めて分かったんだよなー」

「いやー、でも割と男同士ってそういうことあるんじゃないですか?ドライって言うか何つーか、ねえ?そう言えば、昔僕んちの近所にいた犬の名前が…」

 

 

どうにか話題を逸らそうとしたら。

 

 

「俺らなんか未だに『櫻井』『二宮』なのに、なんで相葉くんたちは『しょーちゃん』『雅紀』って呼び合ってんの?

 

 

ド直球の質問を繰り出されてしまった。

 

 

 

 

 

はい、バレたーーーー。

たぶん、いろいろ。