二宮さんは、こんな穏やかに話す人だっただろうか。
いつもはもっと言葉のどこかに尖った棘を隠している人だったのに、今はただただ静かに出された答を受け容れてくれる。
開き直りとはまた違う、理解した上での観念のような、そんな感じ。
「どうして…僕ならそう言うと思ったんですか?」
「どうして?…うーん、どうしてだろうね。分からないけど、相葉くんは断るだろうな、てただ漠然と、かな」
「そう、ですか。…あの、僕、事務所に相談したんです」
「うん?」
相手が大野さんということは伏せて、友人の開業に協力しても良いものかを事務所に問い合わせた。
と言うのも、以前仲間の一人が友人同士の集まりの中で撮った一枚に写っていて、それを参加者がSNS上にあげたところ契約違反に抵触すると言われたことがあった。
そんな経緯があったから、念のため確認を取ったら、僕の名前を使用してもしなくても、僕であることが分かる場合は契約上出来ないと言われた。
本来なら違反になるけれど、一目で僕だと分からないように編集してくれれば、たとえば体の一部のみとかであれば使用しても、名前が出ていなければ見て見ぬ振りが出来ると抜け道を教えてくれた。
だけど今回のはがっつり僕の、素の顔が使用されるし、名前を出すと言われているからそれは難しいと却下されてしまった。
その代わりに事務所から新たな提案を受けた。
「その写真の使用に許可を出すことは出来ないけれど、事務所と仮契約を結べば僕をモデルとして使用しても構わないと言われました」
それなら、開業祝として事務所からも破格で取り扱うと言ってくれた。
「…分かった。大野さんには伝えとくよ。ありがとう」
「いえ。こちらこそお力になれず申し訳ないです」
二宮さんがペコっと頭を下げたから、僕も同じように頭を下げた。
「…………本当はね、相葉くんが断らなかったら俺が断ろうと思ってた」
「え…?」
少し間が出来て、僕が飲み物に口をつけようとしたタイミングで二宮さんが口を開いたので、カップをテーブルに戻した。
「前に言ったかもしれないけど、本当にこの一件に関しては大野さんは全く係わってないから。俺が一人でやったことだから」
二宮さんの切羽詰まった表情から真剣さが伝わってくる。
今にも泣いてしまいそうなその表情は、大野さんは無関係だということを証明しようと必死なんだろう。
「……焦ってたんだ。色んな意味で。落ち着いて考えてみれば、プロのモデルさんにボツ写真だから使っていいだろなんて、失礼極まりない話だよね。その節は本当に失礼いたしました」
今度は深々と頭を下げられ、びっくりだった。
「えっ!やっ、頭上げて下さい二宮さん。僕気にしてないですからっ」
慌てふためく僕と対照的に微動だにしない二宮さん。
「ほんとに…大丈夫ですから……」
二宮さんのここまでの変化に一体何があったのか、僕に知る術はないけれど、明らかに僕に対する接し方は違っていて、彼が一体今どんな気持ちで僕に頭を下げているのか。
その気持ちを考えたら僕の方が泣きそうになった。
「…ありがとうございます」
僕の職業はモデルで、撮られるものすべてに価値があると思えと事務所の人に言われた。
友人だから、知人だからと自分を安売りしてはいけない。むしろ、そんな風に近づいて来る輩には線引きをして付き合わないと後々に係わるとも。
二宮さんはそんな人ではないと思っていたけど、こうして反省してくれていることでこれからも付き合っていけると安心できる人で良かった。
「俺も、ありがとう」
やっと頭を上げてくれた二宮さんがニコッと笑った顔がとても可愛くて、僕にそんな顔を見せてくれたことが嬉しかった。