「…ねえ、なんでこの名前にしたの?」
顔を横に向けた時に見えた、表からは見えない養生されたガラスの内側にある反転文字は、玄関横のプレートの文字と同じもののはず。
―SOU― 縁。
不思議な言葉。一体どんな意味を持つのだろう。
「写真を撮る時ってさ、特別な時だろ?証明写真だったり、家族写真だったり、見合い写真だったり、遺影だったり」
話しながら抱擁が解かれ、大野さんはどこかへ向かって歩き出した。
「結婚式やお宮参り、七五三、入園入学、葬式。色んなイベントで俺の撮った写真や映像がいつかどこかで誰かと繋がる。人と人を繋ぐきっかけになる」
紙とペンを持って再び戻って来た大野さんが書き始めたのは様々な漢字だった。
『創』『想』『添』『沿』『相』『総』
「縁を創る。写真を撮りに来られるお客様の想いに寄り添う。企画の意図に沿う。相手と縁があって繋がる。総ての縁がそこにはある。だから、ソウはアルファベットなんだ」
丁寧に漢字一つひとつに指を置いて、その都度説明してくれる。
音は一つなのに、漢字になるといくつにも広がり、それは無限の可能性みたいで。
まるで大野さんみたいだ。
「おおのさん…」
するりと首に腕を絡め、至近距離で囁く。
俺の発する言葉が露を含む。
「…抱いてよ」
その事に気づいた大野さんは驚く様子もなく、俺の腰に手を回す。
「いま?ここで?」
「そう。今、ここで」
唇が触れるか触れないかギリギリのところで言葉を交わす。
相手の目の中に自分が映りこむ。
まだ完成には程遠いこのスタジオで、ここで抱かれることに意味がある。
これから、ここから俺とあなたは始まるんだ。
だから、今、ここで。
「それは嬉しい申し出だけど、もう一か所おまえを連れて行きたい場所があるんだ。今はこれで我慢してくれ」
そう言って大野さんは俺の腰を強く引き寄せて、深く唇を重ねてきた。
甘い、甘い蜜を余すことなく受け止めて、互いの息が上がる頃ようやく終わったキスは俺を十分満足させた。
クラクラするような余韻を残し、この場を離れ次の場所へ移動した。