日勤を終えた後、大野さんに連れて来られたのは、とある建物の一室。

 

角部屋のそこは突き当りの壁にあたる部分が大きなガラス張りになっていて、養生されている。

 

玄関横の壁には青いグラデーションのアクリルパネルが付けられていた。

 

 

 

 

SOU― 縁

 

 

 

 

「…エス、オー、ユゥ…。『縁』」

 

 

アルファベットを一文字ずつ指でなぞりながら、誰に話すわけでもなくひとりごとのように呟く。

 

 

鍵の開いた音がして、俺の前に背中を向けて立っている大野さんがドアを開けた。

 

 

「それは『そう えん』って読むんだ」

 

 

先に入った大野さんが玄関と廊下の電気をつけて俺を招き入れ、中に入ったことを確認して扉を閉めた。

 

床も養生されていて土足のまま進む大野さんに倣い、そのまま着いて行く。

 

 

少し進んだ先には大野さんによって明かりが点けられていて、足を踏み入れた途端に視界が開け、真っ白な空間が広がっている。

 

 

「大野さん、ここって…」

 

 

 

もしかして。

 

 

 

振り返ることもせず、歩みを進めながら視線があちこち忙しなく動く。

 

天井を這うダクトレールといくつものスポットライト。

 

壁際の奥の方には天井から下がる大きな何かを収納できるぐらいのレールボックスが見えた。

 

もしも俺の勘が正しければ、あそこに入るのはロールスクリーン。

それが入るとすればそれは…。

 

 

 

 

 

 

「スタジオ。俺と、おまえの職場」

 

 

後ろから、声とガサガサと養生を踏み歩く音がして、ふわりと抱きしめられた。

 

 

やっぱり…。

 

 

「完成まではまだしばらくかかるけどな」

 

 

しゃべることで吐息を感じ、触れ合った頬が動いてくすぐったい。

 

 

胸の前で交差する腕にそおっと手を重ねる。

 

 

 

俺が相葉くんをまっすぐ見れるようになったのは、このぬくもりがあるから。

 

 

今までは、いつか相葉くんや櫻井に、大野さんを奪われてしまうのではないかと不安に思っていた。

 

一足先に外の世界へ出て行った二人に、置いて行かれてしまうのではないかと不安だった。

 

常にこの不安が付き纏い、だけど殻の内にいるうちは脅かされることなくいられると思ってた。

 

だから安心なフィルター越しの世界で十分だと思ってた。

 

殻から出ることを依怙地になって拒んでいた俺を救い出してくれたのは大野さんで。

 

大野さんが俺を選んでくれたから、今なら大丈夫だと思えた。

 

殻の内側ではなく外に出て直接相葉くんを見ることが出来て、俺が思っていた彼とは違うと思えたから…。

 

そうじゃないと分かったことで、安心してフィルターを外すことが出来た。

 

生身の俺が、生身の相葉くんを見ることで、初めて彼の持つ本質を知った。分かるようになった。

 

きっと、そういうこと。

 

それを認めること。

 

それが、大野さんの言った俺が変わった、ということ。

 

 

「ありがと、大野さん」

 

 

身を捩り、向かい合わせになって背中に腕を回す。

 

そこに力をこめると、返事はないけど、同じようにキュッと抱きしめられた。