勝手知ったる家で勝手知ったる風呂に入ってさっさとあがり、

 

勝手知ったるリビングのソファーの上で携帯を触っていると、

 

背中側のドアが開いて人が入って来る気配を感じた。

 
 

「ニノー、テレビつけて」

 

「あ、うん」

 

 

声の主はこの家の主で、指示を出しながらキッチンの方へ行った。

 

冷蔵庫を開ける音を聞きながら、テレビをつけてチャンネルボタンを押す。

 
 

この家では、この時間帯は必ずこの番組を観るのが決まりになっている。

 

天気予報のコーナーが始まって、週間天気予報のあと

具体的な明日の都内の天気予報について話す気象予報士の口から

とんでもない言葉が発せられた。

 
 

は?25日は48年ぶりの最強寒波で最低気温がマイナス4℃?

 

寒さに備えろったって、そんなの生まれてないからどんな寒さか知らないよ。

 

 

画面がどこか地方の雪景色を映し出し、一面真っ白と言うか相当積もってるのに

まだ吹きすさぶ様子をこれでもかと見せつけてきた。

 

 

「うわあ…」

 

 

あまりの暴力的な絵面にひくのと同時に後ろからも『マジか…』と呟くのが聞こえた。

 

 

いやいや。あなた、もうすぐこれより寒いところに行くんだよね?

あんまりよくは知らないけどさ、平均気温は氷点下なんでしょ?

 

だけどそれはあくまで平均だから、温かい時もあれば、すっげぇ寒い場合もあるんだよね。

 

 

「日本でこれだったら、あっちはどんだけ寒いんだろね」

 

 

口許に手を持って行ったら、借り物の部屋着は少し大きめで袖丈が余るけどその分温かい。

 

 

「どうだろうなあ。まあ相当寒いんじゃねぇか?」

 

 

些細な呟きも聞き漏らさず、答えてくれるあなたの優しさ。

 
 

 

どうか、期間中温かい陽射しがこの優しい人を包んでくれますように。

 

そのためならどんな寒波だってこっちで引き受けるよ。頑張って引き留めておくから。

 

 

 

ソファーの上に置いてた携帯がマナーモードで振動している。

1分前にアラーム設定しておいた。

 

気付かれないようにテレビを見ているフリで手だけ動かす。

 

向こうからはたぶんゲームをしているようにしか見えないハズ。

 

緑のアプリを起ち上げてグループトーク画面を開いて、メッセージを入力しておいて

あとは送信するだけ。

 

次のアラームが作動したら青い紙飛行機をタップすればオッケー。

 

 

 

時間が来て、『ブ』と振動した瞬間タップした。

 

 

0時丁度にトーク画面に表示され送信成功と同時に、

目の前のテーブルに置かれた携帯がけたたましく鳴り出した。

 

それをきっかけに冷蔵庫の扉が閉まる音がして、目の前にビールを差し出された。

 

 

「ありがと」

 

 

手を伸ばしてそれを受け取ると、鳴り続ける携帯に『はいはい、っと』て返事しながら空いた手を伸ばした。

 

 

いいね、おまえは。

ずっと一緒にいるんだもんね。

むこうでもずっと一緒にいたげてね。

離れた場所にいるこの人と自分を繋ぐ唯一の手段だから、

絶対片時だって離れないでよ。

 

 

そんな願いをこめて見つめた後、すぐにテレビに視線を戻した。

 

たくさんの祝福メッセージを見てにやけてるんだろう姿に興味はないからね。

 

自分がグループの中で一番に祝福したのは分かってるから、それでいい。

 

 

『誕生日おめでとう。エルサ櫻井』

 

 

スタッフに名付けられた別名はこの人にピッタリだと思うし、なんだかんだ本人も満更じゃないよね。

 

 

 

 

テレビを見てビールを飲んでいると感じるのは、

『あ、今見てるな』ていうのが分かるぐらいの強い視線。

 

何か言いたげな視線が刺さって痛い。

 

 

「なに?」

 

 

横に突っ立ってないで座ればいいのに。

 

 

言いたい事は分かるよ。直接言えって思ってるんでしょ。

 

だけどそれじゃ一番なのは二人の間でしか分からないから嫌なんだよ。

 

誰よりも一番早くって実感したいから、自分で分かりたいから、あえて形に残る方法を選んでるだけ。

 

 

「…なんもねぇよ」

 

 

そう言って綺麗な二重で大きな目が違うところを見る。

その目に自分が映らないのは寂しくて切ない。

 

でも、その目が映すものはこの人に必要なものだから。

 

仕方ない。そう。仕方ないんだ。

 

 

隣に座ろうとする気配を感じて、その分だけスペースを空ける。

 

横からガン見されてるのが分かってるからそっちの方へ向けない。

 

 

何をそんなに見るところがある?観賞する程の顔じゃありませんけど。あなたの方がよほど鑑賞向けのお顔ですよ?

 

本当なら、しばらく見納めになるあなたの顔を鑑賞したいのはこっちの方なのに…。

 

 

さりげなさを装って視野の限界にその整った顔を入れてるなんて知らないでしょう?

 

 

真っ直ぐに視線をぶつけてこられると、どうしたってその視線の意味を考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

今だって、熱視線に体が反応し始めてる。

 

 

 

 

 

だけどそれを気取られないように、テレビに集中してるフリをして誤魔化してるんだけど、

本当は気づいて欲しいとも思っている。

 

 

自分から言わなくてもこっちの心理を把握してくれるから、それに助けられてる。

 

 

あんまりガツガツこられるの、好きじゃないよね。

自分がイニシアチブをとりたい典型的なお兄ちゃんタイプだから、甘えられるのも好きだし。

だからわざわざこっちも積極的には行かない。

 

 

 

でも、今はここじゃなくて別の場所でしたいことがあって。

 

 

 

あなたにしか出来ないことをして欲しいと思ってる気持ちを分かって欲しくて、

少しだけアピールしてみた。

 

 

 

 

ニノ」

 

「なんですか?」

 

 

優しく名前を呼ばれるだけでもう分かる。

 

誰のために、お願いに応えてあげるフリをしてくれているのか。

 

どうして欲しいと思っているのかもお見通しなんでしょう?

 

 

それはあなたも同じ気持ちだから。

 

 

「明日は寒いみたいだから一緒に寝てもいい?」

 

「…しかたないですねえ」

 

 

そんな悪戯っ子みたいな目で期待されたら、

応えてあげなきゃ、って気持ちにならなきゃコイビト失格だよね。

 

 

 

お互いの望みが叶うなら、理由も理屈もいらない。

 

 

 

今の2人に必要なのは、身体も心も一晩中抱きしめることと、抱きしめられること。

 

 

朝になっても求めているものは、そんな『抱擁』。