考え事や読書をするのに居酒屋やバーを使うことが多い。カウンターだと結構落ち着いて集中できたりする。

 

この後はいつも聴いているラジオの記念回が放送されるので、このまま起きていようと思う。すこし書き物でも進めようか。

帰国。まあなんとかなりました。

 

厚めの本1冊持っていったのだけど片道で読み終えてしまった。kindle買おうかなあ(光らないやつがいい)

向こうの友達と話したら、向こうは向こうでやっぱり大変なんだとか。どこもかしこも、というところなのか。

羽田着いて諸々確認して、と結局戻ってもばたばた。明日起きられるかな…

今日もばたばた。何とか仕事はある程度落ち着いた形になった。

 

ちょっと休暇をとって米国の友達に会いに行くことにした。この後の便でSFに飛ぶ予定。

西側は全然知らないので友達に案内でもしてもらおうと思う。

イギリスの国民投票、とんでもないことになってしまった。これは理性の敗北と言って良いのだろう。当分EUはがちゃがちゃとしそうだ。

先々を見越して手元のあれこれをいじる。日本はこういう意味ではとても不利なところに立地している。

 

仕事周りはバタバタ。来週も荒れそう。

多少強引に仕事を切り上げて仙川へ。見知ったヴァイオリン奏者の方がお誕生日コンサートを開かれるというのでお邪魔させていただいた。

それにしても京王線はどうも分かりづらくて苦手だ。どの列車が何線の何でどこまで向かうのか、さっぱり分からない。何とかならないのだろうか。それとも慣れれば不要なのか。

 

ホールは入り口がちょっと変わったつくりをしていて、最初少し迷いかけた。天井が高い。こういうホールは好きだ。

 

電車が少し遅れた関係で、2曲ほど間に合わず。こういうコンサートの常として、曲の間は出入りが出来ないので、入ったのはちょうどその後最初のMCくらいだろうか。

 

と、随分と緊張されているようだった。大きな舞台にも立たれている筈なのだけど、「自分の」、ということには、やっぱり特別な何か想いみたいなものもあるのかもしれない。

 

ただ、そういった部分も含めて、客席共々和やかな雰囲気。客席は学生時代のご友人を中心

関係者がいらっしゃっているような印象で、休憩時の会話などホームパーティーだとか同窓会みたいな感じだった。

 

そういえばと、3年前にも似たようなタイミングでコンサートがあったことを懐かしく思い出す。

あのときも確かチャールダーシュとリベルタンゴを演奏されていた。お好きなのだろう。

 

MCはわやとしていて、けれど演奏に入るとスイッチが切り替わるようで。僕が普段拝見しているのは勿論プロとしての横顔であるから、その逆への遡行をある種の不思議に感じた。とうぜん歳相応の表情でもあるのだけど、だからこそ殊更に不思議だ。知っている人とちょっと似ていた気もする。

 

オリジナルの楽曲は学生時代につくったものだという。この音を残したくて、というその想いがどういったものだったかは知り得ないけれど、そのことによって生まれた何かがあって、それがあったからこそのこの日だったように感じた。

 

いいコンサートでした。お誕生日、おめでとうございます。