自分ばっかり、と思う自分がいるなら要注意。
なぜなら、自分の心が荒んでいる可能性が高いから。
確かに、他の人が楽をしたり、楽な役割ばかりついていると感じ、自分が損する役割を担うことが多い、と感じることはある。
だが、そういうのって、自分の思い込みであることが多い。
自分を悲劇のヒロインととらえ、悲劇のヒロインの立場から物事を見ているから、そういう発想をしてしまうんよね。
皆がやらないことや敬遠していることを自分がやる。
実は、これって、素晴らしいことなんよね。
だって、自分という人間が役割を与えられている証なんやから。
自分の力が役に立っている証なんやから。
ただ、どんなに素晴らしいことをやっていても、自分の考えが荒んでいると、その素晴らしさが一転して、マイナスなことになってしまう。
ゆえに、どんな心構えで臨むかはすごく大事。
そのことを忘れるなよ。
自分ばっかりと考えている間は、上手くいかないことが多いんやから。
しかも、楽なことをしている人を批判したところで、どうにもならない。
愚痴や不満が口から出る上に、そんなことをしていることで自分の価値まで下げてしまう。
良いことがない。
自分ばっかりと思ったところで…
自分の価値を下げる行動を自分がする。
これって、自分を傷つける行為で、自分のためにはならない。
それに、楽ばかりする人が自分の世界に現れるというのは、自分自身が、自分の人生のどこかで楽をしているからなんやで。
自分に当てはまることが、他者を通じて現れているにすぎない。
よって、他者を責めることは、そんな自分を責めることでもある、否定することでもある。
他者が悪く見えているだけで、実際は、自分のいたらない部分が表面化しているだけ。
それを知らずに、他者を責めていると、いつまで経っても、自分を責め続けることになる。
自分ばっかり、と思う根底には、自分を否定する思想が根付いている。
そして、この思想を持ち続けている限り、人生は好転していかない。
なんたって、何か事あるたびに、自分を責めちゃうから、否定しちゃうから。
たとえ、一見、損すると感じる役割を担ったとしても、必ずしも、損するものとは限らない。
損する思考でとらえるから、損していると感じているだけ。
けど、自分に与えられている重要な役割ととらえれば、前向きにとらえることができる。
物事をどんな立場で、どういう視点でとらえるかによって、意味は変わってくる。
どんな意味にするかは、自分次第。
マイナスにすることもできるし、プラスにすることもできる。
クヨクヨしながらすることもできるし、楽しくしながらすることもできる。
どうせなら、前向きにとらえながら楽しく取り組みなよ。
だって、どのように過ごそうと、同じ量の時間が流れていくんやから。
つまらない一分を過ごすもよし、充実した一分を過ごすのもよし。
ただし、どんな一分を積み重ねるかによって、人生は大きく変わっていく。
そりゃそうじゃよね。
マイナスを積み重ねるか、プラスを積み重ねるかによって、進む方向は全然違ってくるから。
だからこそ、意識して、プラスにとらえるようにしなよ。
自分より周りにいる人が楽をしていると感じたなら、今の自分は試されている、と思えば良い。
次のステージに進む準備をしていると思えば良い。
不思議なことに、楽をしていれば、その人は、次のステージに進むことなんて滅多にない。
ゆえに、きつい役割を与えられていることに感謝して真剣に取り組めば良い
楽をしている人を見れば、反面教師にして自分に活かせば良い。
なんたって、しっかりやっている人が、最終的には勝つんやから。
でも、しっかりやっていても、マイナスなことを考えたり、口にしていては、勝つどころか、負けることに至ってしまう。
やっていることが良いのなら、その行動に合った考えを抱き、言葉を発するんやで。
悲劇のヒロイン的な発想は脱しなよ。
悲劇のヒロインとして生きたとしても、これは、ある種の自己満足で、人生が好転することはほぼありえないから。
そうやって生きるのは、時間の無駄であり、エネルギーの無駄でしかない。
もっと、自分の時間を大切に扱いなよ。
その積み重ねが、自分の人生を好転させるんやから。
案外、そんなもの。
サコヤンの独り言
「自分ばっかり、という言葉を使って自分を責めるだけで意味がない」