そろそろ、比較する世界から抜け出しやせんか。


いつまでも、比較する世界にいても、自分自身が苦しむだけだから。


競争社会に身を投じているからといって、他者と比べる必要はない。


他者と比べても、キリがない。


なんせ、いつまでも比べ続ける必要があるから。


それに、他者と比べ続ける限り、勝ち続けることができるのは、一握りの優秀な人だけ。


大概の人は、勝ち続けることはできない。


たとえ、自分が優秀であっても、世界にはすごい人はナンボでもいる。


よって、勝ち続ける道は、苦難の道なんよね。


ストレスに苛まれる道なんよね。


ゆえに、自分と他者を比べるのを止める。


すごく大事。


多くの人は、小さい時から、他者と比較し、比較することが当たり前な世界で生きてきた。


そのため、自分と他者を比較することに抵抗がない。


当たり前なこととして、平然と比較している。


だから、良く見られたい、優位に立ちたい、そういった想いを無意識の内に抱いている。


しかも、悪く見られたくない、劣位の立場に立ちたくない、といった想いをも抱いている。


他者にどのように見られるかを気にし、他者の視線や動向を強く気にする。


自分を優先にするのではなく、他者に良く映る自分を優先にする。


そうやって、自分の想いや考えをないがしろにし、偽りの自分を大事にする。


無意識の内に、演じている自分を優先にし、大事にしている。


よって、自分の想いに素直になれずにいるんよね。


他者との比較を大事にし、演じる自分を大切に扱う。


すると、本来の自分から遠ざかる。


そして、自分の本当の想いを表現できなくなる。


自分の本当の想いを表現することよりも、表現して、自分が変に映らないかを気にする。


自分自身を素直に表現するよりも、他者の評価を基準にして動こうとする。


判断の基準が、自分の想いではなく、他者の評価になっている現実。


いつしか、自分の人生を他者に委ねてしまっているんよね。


他者に良く映ることを優先にして生きてしまっている。


だって、他者に良く映った方が得することを経験で知っているから。


ただ、こうした経験則に縛られ、かえって、何もできなくなっているのも事実。


なんたって、新たな行動をする際、できない理由を並べ、やらないことを正当化している人はたくさんいるから。


新たな行動をしようと思ったのは、自分の素直な想い。


だが、他者にどう映るかを気にすると、素直な想いに基づいて動けなくなる。


やっぱり止めておこう、と思って、行動を止めてしまう。


行動を止めたら何にもならない。


なのに、偽りの自分を演じることを大事にして、今に留まることを選ぶ。


そんなおかしなことが至る所で起きている。


そもそも、できない理由を並べ、やらないことを正当化するのは、自分自身を保つため。


傷つくことから守るため。


ただ、傷つくのって、他者と自分を比較する世界で生きているから生じるものなんよね。


比較する世界に生き、自分を良く見せようとするから、優位のポジションを求めるから、傷つくことにつながる。


他者との関係の中で、自分の価値を決めようとするから、傷つくことにもなるんよね。


傷つく可能性が大きくなり、それを防ごうとするんよね。


よって、自分の価値を他者との関係の中で決めることを止め、比較することを止めると、傷つく可能生は大幅に減る。


自分は自分ととらえ、自分を持って自分を貫き、自分の価値を自分で認めていると、心が傷つくことは少なくなる。


なぜなら、傷つく時って、大概、他者が関係しているから。


人は、自分一人の時に失敗しても、ミスしても、心が傷つくことってそうない。


他者との関係の中で、失敗し、他者の視線を気にしたり、他者に迷惑をかけたと思ったり、他者に嫌われている、といったように思うからこそ傷つくもの。


無意識の内に、自分を貫くことを怖れている。


他者がどうであれ、常に、自分は自分のベストを尽くしていたら良いのに…


自分を貫くことより、他者の動向が気になり、他者を基準にして自分をとらえようとするからおかしくなる。


行動の基準を、自分に置けば、こうした問題はなくなる。


他者と比較し、自分が優位に立つことが素晴らしいことではない。


優位に立つことが素晴らしいことと刷りこまれているから、それを目指そうとする。


でも、優位に立とうが立たなかろうと、どうってことない。


大きな違いはない。


なんせ、その時その時の自分の状態に応じた立場に収まるようになっているんやから。


優位に立つ方が利点が多いからといって、それに固執する必要はない。


自分がいる立場で、自分なりにすべてを出し切れば良い。


他者が自分をどう思おうと関係ない。


無意識とはいえ、優位に立つことが善ととらえていることが、おかしいんやで。


変に思われるのは、変に思われる必要があるから。


それもある意味、学びの一つなんやで。


変に思われることを悪としてとらえているから、それを受け入れることができずにいる。


だから、比較する世界から、できる限り早く脱け出しなよ。


比較する世界にドップリとハマっているから、勝つものが善、優位に立つものが善、といった思考に傾いているんやで。


勝ち負けではなく、自分が今いるところでベストを尽くす。


ただそれだけ。


これだけを意識して実践していたら良い。


比較どうこうではなく、それよりも重要なことに目を向けなよ。


強く意識しなよ。


それこそ、人生が大きく拓けることにつながるんやから。


比較する世界に居続けても、先はない。


断言できる。


ゆえに、そろそろ、比較する世界から脱却しなよ。


そして、より良い人生を歩むようにしなよ。


それが、自分のためになるんやから。


案外、そんなもの。



サコヤンの独り言

「比較する世界から脱却することで、人生は拓ける」