素の自分で生きる。


あるがままの自分で生きる。


自分に正直に生きる。


どれも似たような言葉。


ただ、こうして生きることができる人って強い。


だって、こういう人って、自分の想いを前面に出して生きているから。


自分の想いを形にしたり、実現しているから。


自分の想いに忠実に生きているから。


おそらく、人は、素の自分で生きた方が大きなエネルギーを発揮することができる。


人生を楽しく生きることができる。


でも、多くの人は、育つ過程で素の自分で生きることを止めてしまう。


自分を守るために、素の自分で生きることを抑えてしまう。


傷を負わないために、負いにくくするために、素の自分の上に目では見えない殻を覆うようになる。


ダメージを軽減するために、素の自分を偽り、本来の自分ではない自分を演じるようになる。


時には、ある種の感情を封印することだってある。


なんたって、その方が効率が良かったりするから。


親の言うことばかり聞いていた人は、親の当たり前に自分を合わせるようになり、親が思う良い子を演じるようになる。


両親を失うなど、とんでもなく悲しい経験をした人は、喜びや楽しさの感情を失い、笑顔を失うことだってある。


命がなくなる瞬間を目の当たりにする看護師や医者は、命がなくなることに関して、感情を抑えたりする。


自分の感情を抑えた方が生きやすい場合、人は、感情を抑える選択をすることは多い。


なぜなら、その方が、自分を守ることができる可能性が高まるから。


本来の自分を偽った方が自分を守ることができるのであれば、人は、当たり前のようにそれを選択する。


本来の自分を貫いて、面倒なことが起きたり、自分が傷つくくらいなら、本来の自分を抑える選択肢を選ぶ。


多くの人がそうしている。


学校生活でも、会社で働いている時でも…


こうして生活し続けることで、徐々に本来の自分を見失う。


偽った自分で生き続けることになる。


そして、後戻りできない状況に陥り、偽った自分のまま生きていくしかなくなる。


ゆえに、本来の自分を見失っている人はたくさんいる。


おそらく、処世術としては、素の自分を抑えることは素晴らしい方法なのだろう。


今の自分を守る上では効果的。


だが、この生き方って、大きな喜びを得る点においては、効果は薄い。


酷く傷つくことはないが、大きなものを得ることは少ない。


無意識の内に受け入れている傷の幅が小さいから、自分が得られるものの幅も小さい。


素の自分で生き、自分の想いに忠実であればあるほど、組織では生きずらくなる。


なぜなら、本音ばかり発していては、衝突は増えていくばかりだから。


まとまるものもまとまらなくなり、むしろ、煙たがられる存在として扱われる。


自分の想いに忠実であることって、組織内で貫くことは、思っている以上に難易度が高い。


どちらかというと茨の道であろう。


周囲の目を気にしない強さが必要。


周囲にどう思われようと自分を保つ強さが必要。


周囲を納得させるだけの強さが必要。


多くの人が、憧れはするが、敬遠する道。


どこかの組織で生きる以上、大概、自分を抑えることを求められる。


人と人が関わって生きる以上、自分を抑えてでも相手のことを思いやることは求められる。


100%素の自分で生きることができる人って、意外と少ないもの。


だが、その割合を高めることは誰にでもできること。


素の自分で生きる割合を高める工夫をすることってすごく大事。


あまり、意識されないことだが…


親が抱く当たり前に自分を合わせていた人は、親が抱く当たり前から脱するだけで、素の自分で生きる度合いが高まる。


夢中になれるものなど、楽しい時間を増やしていくことで、素の自分で生きる度合いは高まる。


快の感情を抱く時間を確保することで素の自分で生きる度合いは高まる。


自分を抑えるばかりでは、本来の自分を見失ってしまう。


多くの時間があっという間に流れていってしまう。


大して、記憶に残らないまま、時が流れていってしまう。


素の自分、本来の自分、あるがままの自分で生きている時間が長ければ長いほど、記憶にも残り、素晴らしい時間となる。


今日一日を、意識してそうやって過ごす。


すると、自分自身の人生が素晴らしいものとなる。


だって、人生というのは、一日一日を積み重ねることによって成り立っているものだから。


今日の自分は、今までの自分からすると、一番年老いている自分。


けど、これからの自分を考えると、一番若い自分。


年老いている自分ととらえ、歳を理由にやらないことを選ぶこともできる。


若い自分ととらえ、積極的にやることを選ぶこともできる。


自分のとらえ方によって、考え方によって、いくらでも自分をプラスの方に持っていくことはできる。


そのコツの一つとして、素の自分で生きる時間を増やす、というものがある。


一日の中で、素の自分で生きる時間が増えていけば、まちがいなく、自分の人生に影響を与えるようになる。


初めは小さな変化かもしれないが、それが徐々に大きな変化になっていく。


だからこそ、今以上に本来の自分で生きる時間を確保しなよ。


自分が思っている以上に大事なことだから。


できることなら、組織を飛び出して独立するのも良いのかもしれない。


やはり、組織内で生きるよりも、独立して生きている人の方が、素の自分で、本来の自分で、あるがままの自分で生きている人は多いから。


そんな自分で生きる環境を整えることも大事なこと。


ただ、そういう環境は、誰も用意してくれないから、自分で用意するっきゃない。


もちろん、リスクはある。


でも、リスクがある分、それと同じくらい大きな喜びを得る可能性もある。


なんたって、受け入れることができているリスクの大きさは、得られる可能性のある利益の大きさでもあるんやから。


どんなことでも、マイナスとプラスの両方があって成り立っているもの。


案外、世の中は、そういう風にできているんやで。



サコヤンの独り言

「今できる範囲で良いから、素の自分で生きることができる時間を確保しよう」