利他的なステージで生きる。


すごく大事。


ただ、利他的なステージで生きるには、段階がある。


なんたって、利己的で生きるステージを卒業する必要があるから。


多くの人は、育つ過程で、利己的で生きるようになる。


自分の都合、自分の利益、自分のその時の気分で動くようになる。


自分中心で動くんよね。


とはいえ、必ずしも悪いわけではない。


だって、こうした時期に、様々なことを学び、力をつけているんやから。


力がなければ、利他的に生きたくても、生きることができるものではない。


人には、成長の段階があり、利己的な段階もあれば、利他的な段階もある。


そして、利己的な段階、利他的な段階という順序になっている。


しかも、利己的な段階にいる期間というのは人それぞれ。


早く卒業して次の段階に行く人もいれば、膨大な時間かかって次の段階に行く人もいる。


もしくは、いつまで経っても、次の段階に行けず利己的なステージにい続ける人もいる。


その人の学びや気づき、成長によって変わってくる。


遅いから悪いというわけではないが、できる限り早い段階で、利己的なステージを卒業し利他的なステージで生きた方が良い。


なんせ、その方が、人生はまちがいなく楽しくなるから。


利己的なステージって、自分が中心になっているから、どうしてもギスギスしちゃうもの。


何かしらで、衝突してしまうもの。


でも、利他的なステージであれば、ギスギスすることはほとんどない。


なんたって、中心が自分以外の人だから。


自分以外の人に喜んでもらうために、多くのエネルギーを費やす。


ゆえに、高い確率で相手に喜んでもらえる。


相手に喜んでもらうと、自分自身が嬉しくなる。


嬉しくなるから、また喜んでもらおうと頑張る。


喜びを与え、それによって嬉しくなる、というスパイラルができあがる。


だから、人生が好転していく。


利他的なステージに行くと、自分で自分を喜ばせようとしない。


いや、その必要性がない。


なぜなら、自分以外の人に喜んでもらうことで、自分自身が喜びを得られることを知っているから。


自分で自分を喜ばせるよりも、自分以外の人に喜んでもらう方が喜びが大きいことを知っているから。


利他的なステージで誰かのために生きると、緊張する回数が減る上に、筋肉が硬直する回数が減る。


だって、人は、誰かのために動く時、意外と、緊張しないものだから。


緊張しないから筋肉は硬直することなく、良い具合に緩んだ状態で臨むことができる。


けど、自分のためだけに動く場合、緊張するし、筋肉も硬直する。


自分の望みを満たそうとする時、自分にとって都合の良い結果を出そうとすると時、欲に目がくらんじゃう。


欲に目がくらむから、余計な力が入っちゃう。


余計な力が入れば、筋肉はおろか、心も硬直しちゃう。


やろうとしても、普段どおりの力が出せない。


やろうとしても、身体と心が前に進もうとしない。


やろうとしても、前に進もうとする意識とは逆の行動を取るようになる。


余計な力が入ると、エネルギーってスムーズに流れていかないもの。


自分のためだけに生きても、大切な時でこそ動けなかったりする。


これでは、前に進めない。


だからこそ、利他的なステージを意識し、利他的なステージに行けるようにする必要がある。


利己的なステージでは得られないことが、利他的なステージでは当たり前のように得ることができることを知る必要がある。


利己的なステージでは、やれることに限りがある。


到達できる場所にも限りがある。


しかも、いつまでもギスギスした状態が続いてしまう。


ゆえに、利己的なステージを卒業する意識を持って、卒業できる力をつける必要がある。


また、利他的なステージの良さを自覚する必要がある。


利己的なステージにい続けてはいけないことを自覚する必要がある。


そういう成長、変化を経て、利己的なステージから利他的なステージに行けるもの。


行く行かないは、自分次第。


自分が意識して行こうと思えば、誰だって行けるもの。


けど、何も意識しなければ、大概の人は、利己的なステージにい続けることになる。


そのため、利他的なステージを意識すること、利他的なステージで生きることを決めることはすごく大事。


意識したり、イメージするからこそ、利他的なステージに到達できるようになる。


意識したり、イメージするからこそ、相手が喜ぶ行動を取ることができる。


自分以外の人を喜ばせ続けることができる。


利己的に生きている人は、喜びを与える機会は、単発的。


だが、利他的に生きている人は、喜びを与える機会は、継続的。


喜びを与える数が圧倒的に違う。


そして、この差は、人間力の差にも現れる。


なんたって、人は人を喜ばせていると、思っている以上に早く成長するから。


自分自身の成長を加速させるためにも、利他的に生きた方が良い。


もちろん、相手のために全力を尽くす必要があるが、それこそが、自分を大きく成長させている。


何かを得る得ないに関係なく、自己成長は確実。


それだけでも、意味はある。


ゆえに、利他的なステージに行くと決め、利他的なステージで生きると決めなよ。


その瞬間から、喜んでもらえる回数が増えていくから。


案外、そんなものなんやで。



サコヤンの独り言

「利他的なステージで生きることを決めよう」