より良くなることを楽しむこと。
しかも、目一杯。
本来、人は、より良くなると嬉しくなるもの。
これは、誰にだって備わっている性質。
どんな人にも、向上心があり、成長することは楽しいこと。
成長に限りはなく、どこまでも学ぶことができる。
なのに、いつしか、より良くなることを目指さなくなってしまう。
育つ過程で、心が鈍化してしまって…
より良くなることを目指さなくなると、より良くなることを特別なものとしてとらえるようになる。
現状のままでいることが当たり前になって…
だから、より良くなることを怖れの対象としてとらえることにも。
そのため、より良くなることを避けるようになる。
遠ざけるようになる。
人の脳は、いくつになっても成長することができるというのに…
自分で自分に限界を作り、成長することを止めてしまう。
すごくもったいない。
ゆえに、人は、いくつになってもより良くなることを求めたら良い。
いくつになってもより良くなっていることを実感したら良い。
こうしている間は、ものすごく楽しいから。
イキイキすることができるから。
常により良くなる、ということは、喜びを感じ続けることでもある。
また、より良くなろうとすること自体が、楽しくなれることでもある。
決して、怖れの対象となるものではない。
怖れを感じるのは、自分の心が乱れているから。
自分の心さえ整えていれば、より良くなることを求め続けることができる。
よって、心を整えることを日頃から意識するんやで。
何をするにしても、心の状態は重要なんやから。
より良くなることを求めるのか、現状を維持するのかは、自分の心が決める。
心次第でどうにでもなるんやで。
そのことを肝に銘じなよ。
そして、心を整え、目の前にあるチャンスをつかみにいけば良い。
目の前にあるチャンスをつかめるように動けば良い。
チャンスをつかめば、高い確率でより良くなるんやから。
より良くなることを受け入れると、より良くなることは意外と容易にできるもの。
だって、人の成長には限りがないから。
少しずつになるだろうが、より良くなることはできる。
この少しずつというのがすごく大事。
一気に良くなろうとしても、なれるものではない。
なのに、一度で良くなろうとしてしまうんよね。
途中を吹っ飛ばして…
もし、一気に良くなれるのならそれでも構わない。
だが、なれない場合、より良くなることを諦めてしまうことにもつながる。
落胆することによって、やっても意味がないと想う可能性もある。
そうならないためにも、一歩ずつ着実に良くなっていく。
それが、より良くなり続けるコツ。
一回で百伸ばそうとするよりも、百回かけて百伸ばした方が確実。
一方は、ゼロか百。
もう一方は、一つずつ積み重ねているため、確実に変化が現れている。
たとえ、百にたどりつかなくても、ある程度伸ばしていると、最初の頃よりはまちがいなく良くなっている。
ゼロか百では、バクチ的要素が強い。
人生そのものをバクチにしたって、勝てる人は僅か。
着実に伸ばしていく方が効果的。
なんせ、一気に伸ばそうとして、伸ばせなければ、いつまで経ってもゼロのまま。
だが、一つずつ着実に伸ばしていると、いずれ百にも到達する。
すると、ある時、差を測ると、百の差がついている場合だってある。
小さなことを確実に伸ばす。
それが、成長のコツ。
小さいものであれば、特別な力は要さない。
たとえ、小さいものでも何個も集めると膨大な数にすることができる。
成長というのは、小さなことを真剣に取り組み少しだけより良くすることの積み重ね。
しかも、この積み重ねを楽しみながらやれれば尚良い。
自分自身がより良くなろうとする時、昨日の自分より僅かだけでも超えることを意識していたら良い。
比較するのは、いつだって、昨日の自分。
他の誰でもない。
自分以外の誰かと比較すると、小さなことを積み重ねることがバカらしくなることもあるから要注意。
他人は他人。
自分は自分。
自分は、自分がより良くなることだけを考えたら良い。
どうすれば、より良くなることができるのか工夫したら良い。
そして、工夫を楽しめば良い。
すると、成長速度は加速するから。
本来、より良くなることは楽しいことなんやで。
その気持ちを忘れることなく、いつだって、より良くなることを求めなよ。
その積み重ねが、自分の人生を拓いていってくれるから。
案外、そんなものなんやで。
サコヤンの独り言
「より良くなることを楽しめば良い」