物事を良いイメージでとらえること。


ものすごく大事。


なんたって、良いイメージでとらえると、プラスなエネルギーを注ぎやすくなり、結構スムーズに展開していくから。


一方、嫌なイメーでとらえてしまうと、どうしてもネガティブに考え、ネガティブに動く可能性が高くなってしまう。


上手くやることを望んでいても、考えがネガティブで行動がネガティブであれば、望む結果を得ることは容易なことではない。


ゆえに、自分がどんなイメージでとらえるかは、ものすごく大事なことなんよね。


特に、第一印象でどのようにとらえるかは、すごく重要。


なぜなら、自分が思っている以上に、第一印象に引っ張られるものだから。


最初に良いイメージを抱けば、終始、良いイメージのままやれることは多い。


だが、最初に嫌なイメージを抱いてしまうと、嫌なイメージを引きずる可能性が高くなる。


嫌なイメージを修正することができていても、どこかに嫌なイメージが残っていることは多い。


しかも、嫌なイメージというのは、肝心な時ほど、ヒョッコリ姿を現したりする。


だから、厄介なんよね。


マイナスからスタートすると、それをプラスに持っていくのは、膨大なエネルギーを要する。


よって、できる限り、何をするにしてもマイナスにとらえない方が良い。


マイナスにとらえると、ボディーブローのように後になって効いてくることはよくあるから。


ただ、誰だって好きでマイナスにとらえるものではない。


マイナスにとらえなくて済むのなら、マイナスにとらえたくはない。


気づいたら、マイナスにとらえてしまっているんよね。


けど、実際のところ、物事に対してマイナスにとらえるのは、目の前にある物事が最大の理由ではないことが多い。


最大の理由は、物事ではなく、自分自身だったりするんよね。


物事をマイナスにとらえる状況って、大概、できないことや嫌なこと、面倒くさいことをやることになった時なんよね。


本来、物事には良い悪いはなく、すべてがニュートラル。


自分が物事を判断することによって、良い悪いが決まってしまうもの。


物事を否定的にとらえる時、意外と、自分の嫌な部分が出ている。


でも、自分で自分を悪いとは認めたくないから、物事のセイにしちゃっているんよね。


自分の嫌な部分を、自分の醜い部分を、できない自分といったものを認めたくない時、物事を否定したり、責めたりすることは自分が思っている以上に多い。


自分の嫌な部分などを認めることができていない時に、物事をマイナスにとらえてしまうんよね。


だから、自分の嫌な部分を認めることができればできるほど、物事をマイナスにとらえる数は減るもの。


よって、物事をプラスにとらえる可能性が高くなるんよね。


良いイメージで物事をとらえることができているかは、自分自身をちゃんと認めることができているかの指針でもある。


自分で自分をしっかり認めることができている人というのは、多くのことをプラスにとらえている。


マイナスにとらえることがものすごく少ない。


しかも、様々なことをプラスにとらえているから、プラスの方向に展開していくんよね。


良いイメージを抱くのは大切なことではあるが、それ以上に自分を認めることが重要だったんやね。


だって、良いイメージを抱くことを支えているのは、自分が自分のことを認めていることなんやから。


どの程度自分を認めるかによって、どの程度良いイメージを抱けるかが決まってくる。


普段、あまり意識しないこと。


だが、ものすごく大事なことやね。


なんせ、物事をどのようにとらえているかを判断することで、自分で自分をどのようにとらえているかが分かるんやから。


仮に、今、目の前のことを良いイメージでとらえることができているならそれは素晴らしい。


なぜなら、これは、自分のことをしっかりと認めることができている証だから。


もし、今目の前にあることを良いイメージで抱けていない場合、一度、自分自身を見つめ直した方が良い。


高い確率で、自分の中に、自分で認めることができていない部分があるはずだから。


そこに気づき、認めることができれば、それに応じて物事を良いイメージでとらえることができるもの。


自分の状態によって、物事をどのようにとらえるかは変わってくる。


ある意味、物事をどのようにとらえるかのイメージは、自分を映す鏡の役割を果たす。


何を認めることができており、何を認めることができていないのかを気づかせてくれる。


ただ、このメッセージは非常に気づきにくくなっている。


けど、気づくことができれば、大きく前進することができる。


意識して見れば、自分の姿って至る所に映されているものなんやね。


特に、自分が出会う人や、自分の感情が含まれているものには顕著に現れている。


単に、自分が意識していないから気づくことができていなかっただけ。


自分として生きているが、自分のことで気づけていないことって、思っている以上にたくさんあるものなんやね。


だからこそ、様々なことを通して、自分のことを知っていく必要がある。


より深く自分を認めることができるようになるためにも。


より物事を前向きにとらえることができるようになるためにも。


より素晴らしい人生を歩むことができるようになるためにも。


とにかく、自分を知るためにも様々なことに意識を向けなよ。


思ってもみないところに、自分の姿が映し出されているものなんやから。


案外、そんなものなんやで。



サコヤンの独り言

「自分を認めている度合いで、物事をとらえるイメージが変わる」