自分の人生は自分だけが生きることができるもの。


決して、他の誰かが生きることができるものではない。


だから、何をするにしても堂々と生きればエェ。


たとえ、人に変に見られても、人に変に思われても・・・


なんたって、いついかなる時も自分は自分として生きるんやから。


何をしようと、自分が自分であることには変わりはない。


ゆえに、恥ずかしがることはない。


恐れることはない。


人を意識して萎縮することはない。


胸を張って堂々と生きればエェ。


むしろ、堂々と生きないことの方が、自分に対して失礼に当たる。


人は誰もが、多くの奇跡が重なりこの世に誕生している。


そのため、人は、存在しているだけでものすごく尊いものなんよね。


だから、堂々と生きればエェ。


何かができるとか、できないとか一切関係がない。


今生きているだけで、素晴らしいんやから胸を張って生きればエェ。


それが、自分を大切にして生きることにつながるんやから。


ただ、堂々と生きる。


口で言うのは簡単だが、これが結構難しかったりする。


特に、過去に大きな失敗をしている人は・・・


なんたって、どうしても過去の経験が頭をよぎり、萎縮してしまうから。


でも、何かの力がないからといって、何かができないからといって、何かに失敗をしたからといって、自分の価値や素晴らしさが下がることはない。


だって、そんな些細なことですべてが分かるほど、自分というのはチッポケな存在ではなから。


何かがあったからといって、そう簡単には、自分の価値は下がりやしない。


それが事実。


そもそも、存在しているだけでものすごく貴重な命なんやから。


ゆえに、わざわざ自分で自分を低くすることはない。


自分で自分を責めて自分を落とすことはない。


自分で自分を減点することはない。


だって、自分というのは、この世で唯一無二の貴重な存在なんやから。


人は誰もが素晴らしい存在。


だから、あえて、自分のアラを探す必要はない。


なんたって、アラを探したところでキリがない上に、意味がないから。


元々、人は完璧な存在ではない。


そのため、アラを探せばアラばかりを意識してしまう。


しかも、アラが見つかれば見つかるほど、自分の気が落ちてしまう。


自分をダメと思い込んでしまう。


減点ばかりしたところで、自分に良いことは何一つない。


それよりも、自分の良い所を、プラスな所を重点的に意識したらエェ。


マイナスを見つけマイナスを改善するよりも、プラスを見つけプラスを伸ばすことの方が自分にとって大きな成長につながる。


ゆえに、自分を減点することはない。


なんたって、自分を減点し、自分の気を落としながら堂々と生きることなんてできやしないから。


まずは、今、命があるだけで尊いということを認識しよう。


なんせ、それが、堂々と生きることにおいてベースとなるから。


だって、堂々と生きるという姿勢は、今の自分を肯定し、尊重していなければ生まれてこないものだから。


人は、誰もが、存在しているだけで素晴らしい。


だから、その素晴らしさを認めて、日々を生きたらエェ。


何かができないからといって、その素晴らしさが損なわれることはないんやで。


ゆえに、いついかなる時も堂々と生きたらエェ。


何があろうと、自分が自分であることは絶対に変わることはないんやから。


しかも、人は皆、今、命があるだけで尊い存在なんやから。


それさえ忘れなければ、どんな時も堂々と生きることができる。


案外、そんなもの。


とにかく、自分の人生を胸を張って堂々と生きなよ。


それが、自分にとって一番良いことだから・・・



サコヤンの独り言

「いついかなる時も堂々と生きな!」