人は、傷つくからこそ、成長し、強くなる。
すごく単純なこと。
なのに、この単純なことができなかったりする。
できる限り、傷つくことから遠のき、避け、拒むことで・・・
いつしか、傷つくことに敏感になっている自分。
小さい時は、失敗したところで、どうってことないように振舞えたのに・・・
歳を重ね、経験を積み重ねていくうちに、失敗した時に、昔のようにどうってことないような態度を振舞えなくなっている。
むしろ、失敗しそうなことを避ける傾向さえある。
今思うと、昔は、何も知らなかったからとはいえ、勇敢だったんよなぁ・・・
今とは大きく異なる。
経験を積むことで、知識を増やすことで、視野が広くなる分、慎重になっている自分。
これが、本当に成長と言えるのであろうか。
なんだか、違うような気がする。
だって、経験や知識というのは、自分を守るために使うのではなく、自分の道を切り拓くために使った方が、活きるものだから。
本来は、そうやって使うものなのであろう。
なのに、経験や知識を自分を守るために使っちゃう。
失敗したくなくて、傷つきたくなくて・・・
いつからだろう。
失敗しそうなことを拒んだり、避けたりするようになったのは、傷つくことを怖れ、チャレンジの数が少なくなったのは・・・
なんだか、歳を重ねるごとに、そんな傾向になっているような気がする。
本当にこれでいいのか。
このままでいいのか。
自分に対して疑問を持ってしまう。
それにしても、自分は、大切なことを忘れて、長い間過ごしてきた。
なぜなら、人は、どこまでも成長し続け、どこまでも強くなり続けることができるから。
自分の意識次第でどこまでも・・・
ただ、そのためには、失敗することが、傷つくことが必要なんよね。
だって、人は、失敗することや傷つくことで成長し、強くなるから。
成績を上げるには、何度も何度も問題に間違えることが必要じゃし、筋力を伸ばすには、筋肉を傷つける必要がある。
力を伸ばすには、まず傷つくこと。
それがすごく大切。
だって、人には、傷つくと傷ついた時より少し強くなって回復する性質があるから。
何度も傷つき、何度も失敗し、何度も痛みを伴い、少しずつできるようになる。
それが一般的。
どんなことでもそう。
天才ではない限り、最初は誰もが失敗を重ねる。
そして、失敗を重ねていく中で、少しずつできるようになる。
だから、今、力がある人や強い人というのは、そうなるまでにたくさん傷ついているし、失敗を積んでいる。
でも、自分は、その人の失敗している姿などをほとんど見ていない。
そのため、あの人は力があっていいね、才能があっていいね。
などと、羨んでしまう。
確かに、今、力がある人や強い人は、元々、力や才能を持っていたのかもしれない。
けど、力も才能も育まなければ実をつけない。
しかも、実をつけるには、それなりのことをする必要がある。
そして、実をつけている人というのは、それなり以上のことを日々こなし、たくさん傷つき、たくさん失敗をしてきた人であることはまちがいない。
そう、自分が遊んでいる間に・・・
だから、いつまでも傷つくことができる人は、失敗ができる人は、いつまでも成長し続けることができるのであろう。
なんたって、傷つくことで強くなれるし、成長できるから。
でも、この傷つくことや、失敗することを受け入れて臨むことが、案外、難しかったりする。
なぜなら、多くの人が失敗することや傷つくことを避けがちだから。
特に、以前に大きな失敗した人や傷ついたことがある人は・・・
失敗の先にある成長よりも、失敗によって受ける痛みの方にどうしても意識がいっちゃう。
これは、以前、失敗した時にその失敗をどうとらえたかで分かれるのではないか。
受け入れることができた人はこれからも失敗を重ねていくであろうし、受け入れることができなかった人は、失敗することを避けがちになるであろう。
だからこそ、失敗をどうとらえるかはものすごく重要なんよね。
確かに、失敗をしたり、傷ついたりすると、それに応じて大きく成長する。
けど、それよりも、まずは、失敗を受け入れることができる土壌を自分自身の中に作ることが大切。
だって、失敗を受け入れる土壌がなければ、失敗を重ねることなんてできっこないから。
失敗を受け入れることができる土壌がある人は、ドンドン失敗をし、傷ついて大きく成長していけばエェ。
仮に、土壌がない人は自分なりに土壌を作っていけばエェ。
そうすることで、失敗を重ねることができ、少しずつ強くなれるから。
やはり、成長するためは、強くなるためには、どうしても、傷つくことや失敗することは必要なのではないか。
なんせ、できないことをできるようになるには、できるようになるまで失敗を重ねていくしか術がないから。
これはいつの時代になっても変わらないことなのであろう。
そりゃそうと、どんなに歳を重ねても、失敗できる人でありたい、傷つくことができる人でありたい。
長い間、こういったことを避けてきたからこそ余計に・・・
サコヤンの独り言
「傷つくことっていくつになっても大切なこと」