自分を尊重しな。
自分を尊重することってすっごく大切なこと。
でも・・・
誰も教えてくれない。
どうやったら、自分のことを尊重できるのかを・・・
ひょっとしたら、教えることができる大人が少ないのかなぁ・・・
もしくは、生きていくことで精一杯になり過ぎて、自分のことを疎かにしているのかもしれない。
案外、周りのことは分かっていても自分のことって何も知らなかったりする。
なんたって、本当の自分は、一体何がしたいのか、どのように生きていきたいのか、具体的に答えられる人は少ないから。
自分と向き合う時間も余裕もない。
と思い込んでいる人は意外と多い。
ただ、これは、思い込みであって、正しいことではない。
むしろ、自分と向き合わないため、逃げるために使っている理由にすぎない。
なんせ、自分と向き合うと痛みが伴うから。
誰だって、傷つきたくはない。
じゃから、自分と向き合うのを避けるのは分かる。
けど、自分を知れば知るほど、自分のことって尊重できるもんなんちゃうかなぁ・・・
なんだか、そんな気がしてならない。
自分という存在を、一人の人間として向きあってみると、今まで思っていた以上に、できることは多く、秘めている力の大きさに気づく。
そして、今までの自分に、不思議と申し訳なくなってしまうんよなぁ・・・
なんたって、あまりにも、自分を軽くあしらっていたから。
人にはしないことを、平気で自分にはしてしまう。
自分がガマンすれば、自分が傷つけば、自分さえ・・・
といった甘い気持ちを抱きながら過ごしていたために・・・
自分のことだからどう扱おうと構わないのかもしれない。
でも・・・
自分もれっきとした一人の人間。
じゃから、本来、自分のことを、人と同じように大切に扱う必要があるのではないか・・・
なんだか、そう思う。
だが、実際の所、大切にしろ、尊重しろ、と言われてもあまりピンとこない。
あまりにも、漠然としすぎて・・・
ただ、よくよく考えてみると・・・
自分という人間は、この世界で唯一無二の存在なんよなぁ・・・
自分と同じ人間は一人もいない。
完全なオリジナル。
そもそも、地球には天文学的な数の命が存在し、その中でも、人間として命を与えられ、今の時代を自分が生きていること自体が、奇跡そのものなんよね。
とてつもない奇跡が重なり続けたことで、今の自分は生きることができている。
こう考えると、人は誰もが、何かしら、大切な役割を担い、大きな意味を成しているのではないか。
たとえ、本人が気づいていようと、気づいていまいと・・・
世界中どこを探しても、役割を担っていない人はいないし、意味がない人もいない。
じゃなきゃ、奇跡を起こしてまで、この世に存在させる必要がない。
中には、現時点で、自分の存在意義に気づいている人がいるかもしれない。
仮に、そういう人は、自分の役割を果たしていけばエェ。
でも、見つかっていない人の方が多いじゃろう。
こういう人は、自分の存在意義は何なのか、役割は何なのか意識しながら生きていけばエェ。
そしたら、自分のアンテナに大切な情報が引っ掛かる時がやってくるはずやから。
ひょっとすると、人生というのは、自分の役割を見つけ、その役割を果たす一種のゲームのようなものなのかもしれない。
一生を通しての役割もあれば、その時その時だけの役割もあるじゃろう。
何か役割を担っていることは確か。
自分の存在を、自分の力を必要としている人がどこかにいるはずやから。
んで、人は誰もが、尊重すべき存在で、大切な存在。
もちろん、自分もその中の一人。
元々、大切な存在である自分が、自分を大切にする。
ごくごく当たり前のこと。
本来は、意識することなくできているのが望ましいのかもしれない。
それができていないのなら、大切なことじゃから、時には意識した方がエェんやろね・・・
なんせ、その度に思い出すから。
どんな人であれ、皆大切な人なんやで。
存在しているだけで、奇跡なんやから、そんな存在である自分をもっと大事に扱いなよ。
なんたって、これは、ものすごく重要なことだから・・・
サコヤンの独り言
「誰もが大切な存在」