自分が主役。


自分の人生、自分が主役。


自分の人生を一つの映画に例えると、主役を演じるのは自分。


脇役でも、エキストラでもない。


その映画の中で、最も輝く、最も重要な役割を自分が担っている。


なのに・・・


今思うと、自分は主役なんだ。


という自覚は感じることなく日々を送っていた。


むしろ、脇役やエキストラの役を無意識の内に選び、演じていたように思える。


おそらく、自分には主役になんてなれっこない、無理なんだ。


と勝手に思い、自分を抑え込んでいたのではないか・・・


なんだか、そんな気がする。


自分の人生は、他の人が生きることはできず、自分にしか生きることができない。


じゃから、どんな人であろうとも、自分が主役なんよね。


たとえ、主役には思えないような日常を送っていたとしても・・・


ただ、最初からスター街道真っしぐらよりも、不遇な時代から、光り輝く存在になった方がストーリー的には面白い。


しかも、不遇な時代がひどければひどいほど、長ければ長いほど、光り輝く存在になった時の感動はより大きくなる。


いわば、不遇な時代が、大きな感動のための壮大なネタふりになるんよね。


じゃから、今の状況なんか、全く関係がない。


誰が何と言おうと、紛れも無く、自分は主役なんやから。


自信を持ってエェ、堂々としてエェ。


ただ、主役としての自覚を持つこと、主役を演じているということは肝に命じておくように。


んで、人生という映画には、エンディングも決まっていなけりゃ、脚本すら決まっていない。


ストーリーは自由に描くことができ、主役である自分が今日を演じることで、脚本ができていく。


そして、これを積み重ねることで、徐々にエンディングに近づいていく。


ただ、エンディングはその時が訪れるまで、誰も知ることができない。


自分がどのように演じ、どんなエンディングに持っていくかは、主役である自分の裁量に任されているんよなぁ・・・


これほど、主役ありき、という映画は、全国どこのスクリーンでも見ることはできない。


でも、世界中の至る所で、今、この瞬間にも創られ更新されている。


なんせ、人の数だけ、ストーリーが存在するんやから。


しかも、同じストーリーというのは、二つとてない。


こんなすごいことが、様々な場所で行われているんよなぁ・・・


改めて驚かされる。


そりゃそうと、どんな映画を創ろうと、本人の自由。


時代に流されるような生き方でも、もがいている様でも、楽しんでいる様でも、自分の好きにしたらエェ。


なんたって、自分が好きに演じる自分の作品なんやから。


ただ、自分が好きに創ることができ、自分の自由に演じることができるからこそ、幸せを感じられるような、笑みがこぼれるような、人に感動してもらえるような作品にしたいよね。


そうなるためにも、主役である自分が、今日を楽しく演じることにしよう。


このことを強く意識し、実践していると、自ずと、自分が思い描く作品になるであろうから・・・


最後に一つ。


あなた自身が主役であることを忘れずに。


それさえ忘れなければ、あなたの人生で、あなた自身が立派に主役を演じることができるから。


たとえ、今が主役とは言い切れない状態であっても・・・


心だけでも主役として生きていけば、いつしか、自他共に認める、主役として輝く日がやって来るから。


案外、そんなものやで。



サコヤンの独り言

「誰もが自分の人生の主役」