☆就職活動
高校3年時にむりやり自分の夢をしぼり、
大学はその夢に沿った希望通りの学部に入学した。
大学4年間は、勉強以外でも目的を持って過ごし、充実していた。
大学4年生での就職活動については、
星の数ほどの就職先から、どう選んだらよいのか。
まず、自分が幼少期、好きだったことを、いくつか思い出してみた。
その一つが、家庭用品への思い入れ。
母のそばに居たくて、台所に立つ母の横によく立っていた私に、
母は、ちょっとした手伝いをさせた。
「これちょっと、持っててくれる?」「これちょっと、瓶に移してくれる?」「これちょっと、剝いてくれる?」
など、ちょっとしたお手伝い。
そんな時、家にある家庭用品を使いながら、私はよく、
「これ、もっとこんな形だったら使いやすいのに・・・」と子供なりにデザインや実用性を考案していた。
今でも商品化したら、ヒットするかもしれない。
そんなわけで、就職先を、「家庭用品メーカー」に絞った。
中でも、社員のアイデアを常に募集し、アイデアが採用されたら、金一封をいただける、という
なんとも楽しそうな社風の会社を見つけた。
その会社へは、OG訪問を含め、何度か訪れた。
「今は二部上場会社ですが、来年は一部上場になるんです!」
という、人事課長さんの、ホクホクとうれし気なご様子や、先の明るいお話。
OGの先輩社員さんの
「あなたが希望する商品開発課、来年も新卒さんを採用すると思いますよ!」
という朗報。
自社ビルの中で働く社員さん全体が、軽やかで、楽し気な様子。
「ここがいい!!」
そして、幸運にも、その会社に就職が決まった。
時は、ちょうどバブル崩壊のころ。
☆新卒社員研修
新卒の新人研修は、1か月行われた。
私は、「商品開発部」に配属してもらいたくて、
人事課長さんには、採用前の面接でも、入社後の研修中でも、タイミングを見ては、
その希望を熱く伝えていた。
そして、1か月の研修が終わり、最終日に行われた、配属先発表。
私の配属先は「人事部人事課」
がーーーーーん!!目の前が真っ暗になった。
そりゃ研修では、人事部の先輩には一番お世話になっrいました、感謝してます。
だけどさ、ここだけの話、几帳面で真面目な人ばっかりだし・・・・


正直、仕事の内容も、面白くなさそうじゃんよ~~~


その夜の新入社員だけの打ち上げ会の席で、私は酔っ払い、
「こんな会社、すぐに辞めてやる~~!!」と叫んでいた。
「多分、今年の新入社員の中で、私が一番先に辞める運命だわ・・・
」と。
そんな私を優しい同期たちは、
「まあまあ・・・。人事部で少し頑張って、異動希望を出せばいいじゃんね
!!」となだめてくれるが、
人事部なんて、一番異動希望を出しにくい部署だってこと、わかってるくせに!!
と、だだっ子心満載でその夜を過ごした。
☆GW明けの異変 ~マスコミに囲まれる~
新人研修終了後、翌日からゴールデンウィークが始まったが、
配属先が希望通りでなかった私は、GW中も、沈んでいた。
そしてGW明け、人事部としては初出社の日。
自社ビルにつくと、とんでもない光景が目に入った。
日テレ、テレ朝、フジテレビ、他にもどこかの報道カーが、何社来ているんだろう・・・。
うちのビルを背に、何やらマイクでしゃべっている。
うん、間違いなく、うちのビルを取り囲んでいる。
・・・・え、どうした???
呆然としていると、多分報道関係者と思われる方がマイクを持って私に近づいてきた。
(え、どうしよう♡インタビューされちゃうかも♡)とドキドキしたのもつかの間、
社員通用口から、部長さんが扉を少しだけ開け、
「こっちこっち!急いで!こっち!」と手招きしている。
私は、急いで通用口に走った。
ビル内に入ると、受付の電話がロビーに鳴り響いていた。
人事部総務部の部屋に入っても、すべての電話がガンガン鳴っている。
なに?なに??何があった???
戸惑いながら電話に出ようとすると、上司に「電話には出ないで!」ときつい口調で言われた。
なんやんねん?
☆緊急集会。ホールへ集合
8時半だったか。隣にいる総務部の先輩が社内放送した。
「社員の皆さんは、ホールへお集まりください」
なになに?とみんなでザワザワ言いながらホールへ行き、
初めて、事の次第の説明をやっと受けた。
いわゆる、倒産
急にメインバンクが、取引を中止したことが主な原因
新人研修が終わった直後、「よろしく頼みますね!!」と親しみやすく肩をたたいてくれたあの社長が、
全社員の前で、泣きながら、詫びている。
私の中で、何かが崩れた。
その日のお昼休みも、ランチのため外に出ると、まだ何社かの報道カーが残っていて、
私の同期は「俺、インタビューされたぜい!!」と喜んでいた。
確かに夕方のニュースで、奴はテレビに映っていた。
最後にピースしてるじゃん、あほたん!
☆希望退職
それからだった。テレビで、「またもや倒産!」というニュースが頻繁に流れだしたのは。
いわゆる、バブル崩壊期
その先陣を切ったのが、入社一か月目の、わが社だったわけだ。
倒産と聞くと、お先真っ暗だが、
その会社が倒産することで社会に大きく影響を及ぼす、と国が判断した場合、
「更生会社」として、会社の機能が厚生するまで面倒を見てくれる。
すぐに国の弁護団が派遣され、部長以上の社員は、退職させられる運命となってしまった。
私をかわいがってくれていた人事部の部長もだ。
新卒で採用され、初めての仕事が、そんな尊敬する先輩や上司の方々の離職票を書くことだった。
つらかった。
何よりもつらかったのは、それからわずかの間に、
同期の女子が一人を除いて全員やめてしまった事だった。
初めて部署に配属された部屋で、
倒産処理のため右往左往している上司や先輩を眺めるだけで、
新卒さんがかまってもらえる状況ではなかったのだ。
私が新人研修の打ち上げで酔っ払い
「こんな会社、私が一番先に辞めてやる!!!」と管を巻いた時、
優しく慰めてくれていた同期たち・・・
彼女たちは皆、私より先に辞めてしまい、
残ったのは、海外事業部に配属された同期の子だけだった。
私は、人事部に配属されてしまったおかげで、
人事部配属初日から、離職関係の仕事がバンバンありすぎて、
「辞めます」なんて言い出せないまま2年が過ぎようとしていた。
☆新生会社へ
倒産から2年たち、会社の運営はすっかり平常に戻りつつあり、
更生会社から新生会社へと生まれ変わる時がやってきた。
それは、がんばって会社を持ち越した社員全員にとって、
忘れられない感動の瞬間だった。
会社として、最後の希望退職を募ったとき、私も手を挙げた。
唯一の同期の女子、海外事業部の子も、希望退職を申し出た。
人事部に配属されてからこの2年間で、
私は当時の全社員の3分の1の人数分の離職票を書いたことになる。
そして私の最後の仕事は、自分の離職票を書くことだった。
個人的には、この怒涛の2年間、混乱期に、すぐに逃げてもよかった環境で、
役目を果たした達成感は、ものすごかった。
めっちゃドラマや~~ん