NORISの絵本箱

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つれづれなるままに、
季節にそって、いろいろなテーマにそって、
お気に入り絵本、おすすめの絵本をつづります。
いつもの読書、お気に入りのクインテットの記録なども。

2026年4月18日(土)14時開演

横浜みなとみらいホール(大ホール)

 

指揮:沼尻竜典

ヴァイオリン・ソロ/首席ソロ・コンサートマスター:石田泰尚

ゲスト・コンサートマスター:佐久間聡一

かなフィル定期会員も3年目、今季のセレクト券の初回は新シーズンの幕開けの定期演奏会。

新シーズン初回だ(し交流イベントもある)からか、組長がソリストだからか、広報さんを始めとする地道なショスタコ布教の賜物か、関係者席開放も出た完売御礼。

初夏のような晴天のなか、ひさびさ(2月のみなとみらいシリーズ以来だから2ヶ月ぶり)に

みなとみらいホールに足を運んだ。

 

恒例のプレトークは、沼尻竜典マエストロから今日の聞きどころの解説。

ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲✕交響曲というタコタコ・プログラムでソリストとコンサートマスターを掛け持ちする石田泰尚さんの紹介(いま日本一本番の多い演奏者ではないか、でもいつもいちばんにホールに来て音を出してるし、かなフィルでいちばんまじめかも⋯)、交響曲第5番は当局から批判された危うい立場の極限でかかれた作品で、社会主義リアリズムの実現と絶賛されたが、作曲家が本当に革命を讃美していたのか否か、本音はどこにも残さずに亡くなったのでさまざまな解釈・演奏が可能だというお話だった。曲の終盤のソドレミに関するソドレミ神話(宮川彬良さんの解説でもおなじみ!たしかバーンスタインが言い出したとか)の説明ではツィゴイネルワイゼン、五木の子守唄から津軽海峡・冬景色までさまざまなソドレミメロディーの実演ありで、立て板に水のようなしゃべり芸で演奏会へのワクワク感を高めてくれる。

 

石田さんがソリストの黒い衣装で登場した前半のコンチェルトは、管弦楽はコンパクトな編成でカデンツァたっぷり、金井麻理さんのタムタムも印象に残った。

大きな拍手にこたえてのソリストアンコールはなんとゲストコンマスの佐久間さん(石田組や石田泰尚SPでもおなじみ)とのデュオ⋯と思ったら下手のピアノに袖からすっと沼尻マエストロが入ってのぜいたくなトリオ演奏にて、ショスタコーヴィチの軽やかなポルカだった。

 

休憩後の交響曲は賛助メンバーも加わった80人超の大きな編成。燕尾服に着替えた石田さんがコンマス。「ハバネラ」をはじめとした「カルメン」からの引用がたしかにそこここで感じられる曲が社会主義リアリズムとかいわれてもピンとこなかったけれど、曲が進むにつれみな全力で鳴らして鳴らして鳴らしまくる雰囲気で、これがそういうことかなという気もしてきた。

 

終演後は満場の拍手でカーテンコールもたっぷりだった。サービス精神旺盛な音楽監督とコンマスがひっぱり、そしてSNS発信などからさまざまな楽器奏者一人ひとりの顔や声が身近に感じられるこのオーケストラならではのアットホームな雰囲気のスタートとなり、今季がますます楽しみになった。

<プログラム>

ショスタコーヴィチ

ヴァイオリン協奏曲第2番 嬰ハ短調 Op.129

 第1楽章 Moderato

 第2楽章 Adagio

 第3楽章 Adagio-Allegro

 

ソリストアンコールとして⋯

ショスタコーヴィチ

 2つのヴァイオリンとピアノのための5つの小品より 5.ポルカ 

(1st Vn:石田泰尚、2nd Vn:佐久間聡一 、Pf:沼尻竜典)

 

休憩

 

ショスタコーヴィチ

交響曲第5番 ニ短調 Op.47

 第1楽章 Moderato-Allegro non troppo

 第2楽章 Allegretto

 第3楽章 Largo

 第4楽章 Allegro non troppo

 

 

プログラム冊子の表紙は楽団員の小道具シリーズが終わって、楽器のイラストに。

アンケート回答でブルーダルくんのステッカーもらえるキャンペーンも引き続き。

今日は初のフルートバージョン(10種類目)♪

生誕100周年記念 安野光雅展

会場:PLAY! MUSEUM(東京都立川市)

会期:2026年3月4日(水)〜5月10日(日)

 

  

 

開幕したばかりの安野光雅展を見に行った。

数年前にできたPLAY! MUSEUMにいくのははじめて。立川駅からペデストリアンデッキとモノレールの下の遊歩道を歩いて(車に一度もいきあわずに)10分ほどでいけるGREEN SPRINGSという複合施設の一角にある。

 

生誕100周年記念ということもあり、デビュー作「ふしぎなえ」をはじめとした津和野の安野光雅美術館所蔵のたくさんの絵本原画、それに風景画や歴史画、御所の庭の花の絵などが並んだ。

絵本の原画はだいたい実際の本の原寸大、切り貼りしているものもまれにあるけれど、そのまま飾っておける完成度の高さ。どの絵本もぜんぶ持っているからはじめてみるものはないのだけど、絵本でみるのと壁にかかっているのをみるのとはやっぱり少し違って、とくに「旅の絵本」は絵巻物のように道がずっとつながっているし、前後のページにわたってしかけられた遊びを見比べやすかった。

 

絵の他にも、「おおきなもののすきなおうさま」の1シーンを再現したフォトスポット、絵を拡大した空間を歩けるプロムナード、「ABCの本」の不可能図形のアルファベットを立体化したもの(巧拙あり、と個人的には思う)、筒に映った像を楽しむ「魔法使いのABC」の歪み絵、「天動説の絵本」のアニメーション作品、「旅の絵本」を元にしたアニメーション作品などがあった。

この中では、加藤久仁生がつくった短編アニメーション「見つける 旅の絵本 安野光雅」(島根県立美術館)がすてきだった。「旅の絵本」のページの片隅で遊んでいる人物(や動物)をフィーチャーして場面の前後に流れる小さな物語をえがくもので、絵本に描かれた人の数だけあるさまざまな物語を実感することができて見飽きなかった。イタリア編の黄色い毬を川に落としてしまった女の子ver.がとくに好きだった。

 

ミュージアムショップで図録や文具・ポストカードなどをみつくろって(かなり散財)、カフェで一休みしながら図録をざっとながめ、それから再入場(受付で渡された入場券がわりのシールをはっていれば出入り自由)して、二周目。図録を見て気になったところをもう一度ゆっくりみたり、情報を再確認したりしてから帰途についた。

 

撮影OKの一角。旅の絵本の世界にはいりこんだ気分になれる。

  

街の建物や飛行機の窓ふうの切り抜きから覗き込むような感覚もたのしめる。

ここでは小人になって野原にいるような気持ちになれる。

ミュージアムを出たところにあるカフェでは展覧会限定メニューがいくつかあって、「おおきなもののすきなおうさま」にちなんだタルトケーキをいただいた。小さなチューリップが咲いた植木鉢になぞらえたタルトにさっぱりしたシャーベットとくだものが添えられている。

 

絵葉書と、平日来場者限定プレゼントの「津和野カード」(四種類からランダム配布)

 

GREEN SPRINGS、2階のデッキの入口から。

植栽にはクリスマスローズや椿、木瓜、三椏などの花が咲いていて、あちこちに椅子やベンチが置かれていたので、お天気がよい日はここで一日のんびりすごすこともできそう。

ミラノ・コルティナの冬季五輪もそろそろ終わる。

それほど興味もなかったけれど、テレビをつければニュースの時間以外はほとんど中継や録画やふりかえり番組ばかりで、そんな中、フィギュアスケートの話題はやはり心をひかれてしまう。

競技中は決勝のハイライトをみるぐらいだったけれど、最後のエキシビションはちょっとだけ早起きして後半からフィナーレをみることができた。五輪開幕してすぐの団体戦(2014年のソチ大会〜)に始まり、各カテゴリーごとの試合が順にあって閉幕直前のこのエキシビションまでフィギュアスケートは長丁場だけれど、楽しげな表情でパフォーマンスを見せるスケーターたちからは、各国代表チームとして、いつもの国際大会で競い合う仲間としてすごした大会期間の交流の充実ぶりがうかがわれた。


末っ子気質の坂本花織は3回目のオリンピックで日本チームをひっぱり、すこしずつ順位を上げながらメダリストとして有終の美を飾った。規格外のアリサ・リウに金をさらわれたけれど、メダルの色なんて関係ないと自信を持ってほしい。

パンダの着ぐるみを着て三回転ジャンプをするシャイドロフは自分が金メダリストになるなんてきっと想像してなかったのだろうと思った。

三浦璃来・木原龍一ペアは最後までパワフルだったし、アリサ・リウは変わらず自然体だったし、マリニンも今日はリラックスしていい表情をみられた、政治的な理由(ロシアが参加できない)を別としても、フィギュアスケートの世界もずいぶん変わったなと感じた。

フィナーレでは、今は鍵山選手らのコーチを務めるイタリアのミューズ、カロリナ・コストナーに導かれて登場した全スケーターが、メダリストも入賞者もいりみだれ終わりを惜しむように技を繰り出し集合写真を撮り、観客の喝采に応えリンクを何周もして、最後はリンクの氷に触れて感謝を伝えながら去っていく。4年後にまた会える顔はどれぐらいいるだろうか。

 

今回はドラマティックな物語の多い大会だった。いや、今回も、か。

期待されていた絶対王者が思いもかけないスランプに陥るとか、大きな不調でいったんは競技の世界から離れていた選手が戻ってきて会心の活躍をした、というのはこれまでの大会でも繰り返されてきた物語だと思う。

 

しばらく観戦熱が冷めていて、ひさしぶりにちゃんとみた今大会でまず目立ったのは、鍵山優真、マリニン、シャイドロフら二世スケーターの活躍だった(小塚崇彦も三代目のサラブレッドだったが、他にも二世三世で大成した選手はいただろうか?)。幼いうちから、オリンピアンだった大人が注意深くスケートの世界に導き入れ、自分の数多の経験をふまえて恵まれた環境で練習を組み心身をつくりあげてきた子どもたち。ゼロからフィギュアスケートの世界に入った多くの他の選手に比べると、もちろんプレッシャーも半端ないのだろうけれど、それぞれスマートにまっすぐにステップアップしているように見えた。

アリサ・リウも二世ではないが、早い時期から惜しみない英才教育をうけてきたという。ミシェル・クワンに憧れた父が孟母三遷で背中を押してきたリウのかつての姿は清く正しく可憐な理想のアジア系スケーターを体現した感じだったが4年前の五輪でいったん競技から引退した。スケートからも離れさまざまな世界を体験してから今回競技の世界に舞い戻ってきたリウは、もう大人の指導におとなしく従うお人形ではなく、自分で表現したいものを持ち、それを最大限表現するめに自分で練習メニューを組み、曲もファッションも食べ物も自分で選び、肩の力が抜けておどろくほど安定した自信に満ちた選手に化けていた。

 

こうした選手たちを見て思うのは、大事なのは自分のうちからあふれでてくるエネルギーやパッション、でもそれを形にするためのベースとして幼いころからの無理なく最善の練習で身についた技術というのが不可欠だということだった。野村萬斎さん風に言えば、みな「フィギュアスケートサイボーグ」といってよい体を持ち、その体を使ってなにをしたいか、というステージにいたのだと思う。

 

女子シングルは、もともと十代の選手が大人の体型になる過程で心身のバランスを崩して苦しむことが多い世界で、細い体で高度なジャンプやスピンで得点を稼ぐタイプの選手と、20代になってジャンプやスピン以外の要素で得点をつみあげて魅せるタイプの選手を同じ土俵で競わせる理不尽を感じていた。ジュニアとシニアの線をどこでどうひくか、という問題は相変わらず残っているが、氷上で滑るという環境ならではの表現をするための基礎をすこやかな環境でていねいに身につけたうえで、それをのびやかな自己表現に結びつけられた選手が評価されるような競技になっていってほしいな、と思った。

 

2026年2月21日(土)14時開演

横浜みなとみらいホール 大ホール

 

指揮:沼尻竜典(音楽監督)

首席ソロ・コンサートマスター:石田泰尚

 

今シーズンのセレクト券最後の一枚。

謝肉祭と冬季五輪でイタリアが熱い今週にぴったりあわせたローマづくしのプログラムだった。

開演前にはまず沼尻マエストロによるプレトーク、音楽監督/指揮者に講談師のような話芸があるのがいまのかなフィルの強みのひとつかもしれない。

今回のプログラムは、作曲科卒だからか難しい曲を頼まれがちな沼尻マエストロにとっては一度どーんとやってみたかったエンターテインメントピースとのことだった。

「松」には、かつて仲間と市内の松を巡るツアーをした思い出、「噴水」は日フィル定期公演でふるはずだった指揮者のマルチェロ・ビオッティが前日にキャンセルになってしまったときに代演することになりプッチーニのよくわからない合唱曲ともども一夜漬けで勉強して振ったというドキドキの思い出をかたり、今日はレスピーギのオリジナルな楽器の組み合わせやいろいろな立体的な仕掛けがあるのでぜひ楽しんでほしいという話だった。

 

シーティングをみると、一曲ごとに編成も大きくなっていくし、パイプオルガンやトランペットのバンダも入れば、マンドリンやさまざまなめずらしい打楽器も登場し、どこからか聞こえてくる鳥のさえずり(松の第3部、4人の水笛/バードコール係がいたらしい)や教会の鐘の音(祭りの第2部、ステージ上からじゃないように感じたけど⋯)、最後の曲ではにぎやかなお祭りの中に迷い込んだかのようにさまざまな音が近づいては別の音に取って代わるなど、ホール全体がローマの街になったようだった。

オルガン入ることは想定せずに選んだ席だったけれど、2階正面席だったので前からどーんとオルガンの低音やラッパの音が来て、どこか高いところからの鳥のさえずりも降ってくるようで、ホールで聞く醍醐味をじゅうぶんに味わえた。

 

<プログラム>

ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」Op.9

 

レスピーギ/交響詩「ローマの松」

  Ⅰ. ボルゲーゼ荘の松 

 Ⅱ. カタコンブ付近の松

Ⅲ. ジャニコロの松

Ⅳ. アッピア街道の松

***休憩***

 

レスピーギ/交響詩「ローマの噴水」

  Ⅰ. 夜明けのジュリアの谷の噴水

 Ⅱ. 朝のトリトンの噴水

Ⅲ. 昼のトレヴィの噴水

Ⅳ. 黄昏のメディチ家の噴水

 

レスピーギ/交響詩「ローマの祭り」

  Ⅰ. チルチェンセス 

 Ⅱ. 五十年祭

Ⅲ. 十月祭

Ⅳ. 主顕祭

 

 

最後の「ローマの祭り」のシーティング、打楽器9人!

 

今日は待ち時間のおとももローマが舞台の「即興詩人」♪

 

今シーズンのセレクト会員としてチケットを手配した演奏会、どれもつつがなくききにいけてよかった(完売御礼でも空席がちらほらあるから、楽しみにしつつ当日来られない人もそれなりにいるとみうける)。来シーズンもセレクト会員継続でみなとみらいシリーズ2つと音楽堂シリーズ2つすでに予定を入れている。予定を目標にすこやかにすごし、できれば+αで当日券でも聞きに行けるといいなと思う。

2026年2月15日(日)13時開演

(2026年2月4日〜2月22日)

世田谷パブリックシアター

 

「音楽:宮川彬良」というとっかかりから軽率にチケットをとった公演。

とってから改めてスタッフをみると、脚本は「ちかえもん」「カムカム〜」の藤本有紀だし、演出は先日ミュージカルをみた松尾スズキ(「ちかえもん」主演)との仕事もある杉原邦生(ディズニーランドの「ワンマンズ・ドリーム」が宮川彬良音楽との出会い)、と、アキラさんとの十年前の縁がここにきてまた新たな関係をつないでいるのがおもしろい。

泉鏡花の原作(もとは新聞小説のピカレスク・ロマン)は未読、あらすじを予習する余裕もないまま観劇となってしまったが、いろいろな意味で演劇のパワー全開のおもしろいひとときを堪能できた。

まず、演劇って言葉(口)だけじゃなくて、身体全体で表現するのだな、というのがひとつ。各幕の冒頭と途中には全員で音楽に合わせて踊る場面があり、体の動きの雄弁さを感じることができた。バレエの素養がある土居志央梨の美しく力強い立ち姿と動きも活きた。また今回はさまざまな装置や小道具も役者や黒子の手で次から次へと転換していくのがおもしろかった。

緞帳がなく暗くなったと思ったら音もなく芝居が始まり、舞台空間と音響と照明のたくみな組み合わせ・演出による没入感(特に第二幕はディズニーランドのアトラクションも顔負けだった)におどろかされた、というのがもうひとつ。そこに音楽や衣装なども加わって、たしかにひとつの生きもののような世界を感じられた。

 

泉鏡花はちゃんと読んだことがなくて「耽美的」という以外はあまりはっきりしたことをしらなかったが、今回の作品で食虫植物「モウセンゴケ」がひとつのキーアイテムとなっているあたり、人と自然が一体になって感じられるあたりに梨木香歩に近い世界(それなら知ってる⋯)を感じた。

 

役者もそれぞれよくて、中堅やベテランの存在感はもちろんのこと、中心の若い四人、望んで手に入らぬものはないのに盗癖はやまずそしていちばん望んだものが手に入らなかった滝太郎、天衣無縫、開明的な県知事令嬢勇美子(ちょうど「ばけばけ」のリヨさんと同じ時代の似た立場か)、その立場からさまざまな危険に巻き込まれ続ける花売りの雪、そして任侠の若という出自を隠しつつプライド高く、視力を失い雪に八つ当たりしてしまう拓、みな全身でなりきって生きていてよかった。

 

求めてやまぬもの、私にとっての黒百合はなんだろうな⋯

 

【原作】泉鏡花
【脚本】藤本有紀
【演出】杉原邦生
【音楽】宮川彬良


【美術】堀尾幸男
【照明】北澤真
【音響】稲住祐平
【衣裳】西原梨恵
【ヘアメイク】国府田圭
【振付・ステージング】下島礼紗 
【所作指導】藤間貴雅 
【演出助手】山下茜 
【舞台監督】南部丈

【世田谷パブリックシアター芸術監督】白井晃

【出演】
木村達成 (千破矢滝太郎)

土居志央梨(勇美子) 

岡本夏美 (雪)

白石隼也 (若山拓)

 

村岡希美 (白魚のお兼)

田中佑弥 (島野)

新名基浩 (雀部多磨太)

猪俣三四郎(義作、町の人々)
内田靖子 (町の人々)

鈴木菜々 (町の人々)

佐藤俊彦 (町の人々)

 

大西多摩恵(道) 

外山誠二 (慶造)

白石加代子(荒物屋の婆さん)

【プロンプター/スウィング】
小林宏樹 

松本祐華

 

ポスターもだけど、パンフレットがめちゃくちゃかっこいい。

 

エントランス入ったロビー。

 

ロビーにあった今回の舞台セットの模型(S=1/40、日本舞台美術家協会の触る模型委員会のもの。視覚障害者の鑑賞サポートとして置かれていて、だれでも自由に触ったり撮影したりできるようになっていた)。客席に張り出し深く沈んでいくエプロン部分が効果的につかわれ人が神出鬼没だった。そしてこの大道具の他に動く(キャスター付)装置がいろいろあって、役者たちの手でどんどこ場面が転換していくのがすごかった。

 

野村萬斎が長く芸術監督の座にあり、気になる演目も多かった世田谷パブリックシアターにやっと行けた。数年前から芸術監督は白井晃(それまではKAATの芸術監督だった)にバトンタッチ。劇場は三軒茶屋駅から地下通路でつながったキャロットタワーの三階、うちからドア・トゥ・ドアで1時間、意外と近いとわかった。