彼の入院の連絡は「シンナー中毒の16歳」。

 病床で、唾を吐きながら「あったまいてぇ」、と繰り返すちょっとムカつくガキだった。

 その後の検査で思わずみんなが絶句した。

 彼には、病気のために病院から動けない母親がいること。父親は、アルコールにおぼれて頼りにならないこと。そんな家族のために姉が一人で働いていること。中学から頭が痛かったのに、心配かけられないから相談できなかったこと。そんなときに、遊びで吸ったシンナーが頭の痛みを消してくれたこと。
 
 そして、頭痛の原因は、彼の頭の中にあった。脳動脈奇形(AVR)と言われる血管による腫瘍があり、ゴルフボールくらいに成長を遂げていた。

 血管腫の出血により、右半身の麻痺の出現。恐らく、一人で座っていることを保つことは無理といわれた。社会復帰も難しいだろうと。
 腫瘍の場所が悪く、どうにかすることは不可能だった。

 若さからか、整形外科の患者さんと楽しそうに車椅子で暴走するまでには、そんなに時間がかからなかったように思う。みんなと一緒にはしゃぐことが楽しかったから、一緒に過ごしたかったから、彼は頑張って車椅子での生活を手に入れる無茶な努力をしたのだと思う。
 
 そんなとき、ずっと支えていた主治医が、「欲が出てきた。もっと良くしたい。血管腫を取りたい。」とあまり症例のない治療に踏み切った。(15年くらい前だったので、治療法の確立はなかった)
 
 治療は3回に分けて行う予定だった。
 2回に分けて血管腫の血行を遮断する治療をし、三回目に血流の遮断された血管腫を摘出する手術をする。
 それによって、彼の再出血の可能性はなくなり、場合によっては麻痺の改善も多少は期待できるかもしれない。

 治療の説明は、家族がこれないため彼本人一人に行われた。

 ひろみは、首をかしげながら、「先生、おれ、頭悪いからよくわかんねぇ。けど、それやれば、頭よくなるの?」といった。

 主治医は「勉強が出来るようになるかは知らんが、頭が痛くなるようなことはなくなるぞ。」といった。

そして、治療が始まった。
一度目、成功。

二度目。
夜勤で出勤した私を押しのけるように、ひとつのストレッチャー(搬送車)がICU(集中治療室)へ入っていった。
乗っている患者の横にはひろみの主治医。乗っているのは、ひろみ。

その夜、ひろみは病棟に帰ってこなかった。


なんで?どうなったの?どうなるの?


みんな聞けなかった。聞かなかった。

主治医は、私にタバコをくれといってきた。
ずっと、ずっと禁煙していたのに。
そして、「ちくしょう・・・・」と、ソファに突っ伏していた。


誰もが治したかった。元気になって欲しかった。ひろみの笑顔を、元気になった姿を、見たかった。


1週間ほどして、ひろみが病棟に戻ってきた。
麻痺は強くなり、言語や嚥下にも障害をもち、ほぼ寝たきりとなり。

けど、彼は、変わっていなかった。
「マック、照り焼き、食べたい・・  ゆかりちゃん かわいい。」
たどたどしく話をしながらも、笑顔をたやさない。

主治医にも、「おはよ」「せんせい、すげぇ」と前と変わらず声をかける。

あのときのスタッフみんなが、ひろみを忘れることはないだろう。
心からの反省と愛情を天秤にかけても、彼の人としての純粋さを、忘れることは出来ない。


だからこそ、なんとかしたかったのだから。



追記

医療ミスだったんでは?そう思う人もいるでしょう。
医師の名誉のためにも、分かっていただきたいのですが、医療ミスではありません。治療に伴う、重大な弊害が起こる可能性は常にあるのです。
そして、それがおきてしまったのです。
そのことについては、説明の義務があり、きちんとご理解を頂いた上で、治療の選択をしております。