読書ノート『英文読解のストラテジー』天満美智子 | 作家の日記

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英文が読めない、という苦しみを自分はほぼ忘れてしまったように思う。覚えているのは大学入試の勉強のために英文を読み、自分が予測してこういう意味になるはずだという思いにとらわれすぎてて結局読んだ英文が意味がよくわからずに終わってしまったことだったり、大学生の時にTimeを読んで見たら、知らない単語が多すぎて辞書を引き引き読み、1ページのほんのわずかな部分を読むのですらずいぶんと時間がかかってしまったりということだ。今、それから35年、趣味として、仕事として英文をずっと読んできて、社会科学系や人文系であれば専門的な本も読めるようになって見れば、その読めないという気持ちや悔しさをつい忘れがちになってはいけないと自分を戒める。現に、今仕事で自分の目の前には読めなくて苦しんでいる生徒たちがたくさんいる。彼ら・彼女たちの読解力向上のために、よい指導法はないかと思い、教え方研究の一助になればと思い購入したのが本書だ。

 

 
なお、一般の人や社会人の方であれば、仕事に関係しない限り英文を読むということはないだろうから、この本は特に意味を感じないかもしれない。しかし、英語がたまたま国際社会で使われている言語だからという理由で、いま日本の子供たちは強制的に全員がこれを習わされているのだ。できない子の苦痛や、読解が苦手な子の苦労を想像してみてほしい。日本の子供たち全員が強制的に英語を勉強させられているという事実を考えれば、これは一種国民的な大問題だと言ってもよいかもしれない。しかし、私は英語の学習をやめたらいいと主張しているわけではない。外国語学習は意義や効用がある。英文で読んで考えることができれば、何かが変わる良い可能性もあると思う。

 

 
それは、今英文読解の教材が、昔と違って現代の世界の問題を扱うような題材が増えているからだ。天満氏のこの本は1989年に書かれていていささか内容が古くなっているところがある。氏がこの本のあとがきで書いているのは、今後英米の文化的背景を広める仕事に力を入れたいということだ。どういうことかというと、外国語の文章が読解できない背景には、いろいろなことがあるが、1つは、文化的背景の違いからくる、読解の際に当てはめるべきためのスキーマ(枠組み)を持っていないということだ。確かに70年代、80年代の英語はまだ、地位的文化を担う言語という側面があった。だから、その文化的背景、例えばキリスト教やそれに基づく習俗を知らないと理解できない文章なども多かった。だから氏は教育者としてその背景を紹介する仕事等を通して読解力の向上に寄与したいというのだ。

 

 
それから30年、グローバル化の進展というのは本当にすさまじいものがあると思う。英語はローカルな文化の担い手という役割よりも、グローバルな、すなわち世界共通の問題を論じる際の共通言語として用いられることになった。だから、現在大学入試で素材になるような英文で、英米文化の背景を知っていなければ読めない、ピンとこないというようなものは少なく、知っていなければいけない背景は、人類共通の問題点である地球温暖化、環境悪化、自然エネルギー、再生エネルギー、人工知能、移民、他民族排斥など、人類共通の問題だ。だからオリンピック誘致の是非という話題でも特定の国や地域のことでなく、オリンピックの在り方という人類共通の問題を英語を通して考えるということになっているのだ。

 

 
こういう問題はもちろん日本語を通して考え、日本語の読解力も大いに上げていくべきだと思う。しかし、外国語を勉強することの良さは、自国のことを客観的に外から眺められる視点を得られるということだ。外国語を勉強すれば、自国だけが特別で世界に冠たる国だとは思わなくなる。良い点も悪い点も客観的に相対的に見ることができるようになる。そして、英文を読んで世界の問題を知りその解決策を考えるのは、視点が国にとどまらず広くなる。人類共通の問題は国際的に連帯しなければ解決不可能だと考えられるようになる。
 

 

さて、天満氏のこの本はいささか古いと書いたが、それ以外は大変参考になった優れた参考書だ。読めない原因はどこにあるのか、生徒はいったいどこで苦しんでいるかということを調査や参考文献やこれまでの研究成果をもとに明示してくれている。現場で何となく感じていたことをこのように形にしてもらえるのはありがたい。そして、その悩みに対して、このような解決法やトレーニング法があるということを、これまた科学的な研究や参考文献をもとに紹介してくれている。とにかく読解過程というの大変複雑で、簡単に解明できるわけでないし、読解力も明日すぐに上がるというわけではない。だからこそ天満氏のこの著作は30年たっても古びていないと思うし、英文読解の指導の良い参考書だ。人間が文章を読み読解できる、その内容がわかるというのは大変不思議な現象だ。そのプロセスがわかれば、AIにプログラムを記述して書きこむことができるのだが、出来ないということは、人間の読解プロセス、つまりなぜ文章を読んでわかるのかというのが、大変不思議な現象で、今も追及すべき課題だからだ。