【16周年で想うこと。】
お寺の周年祭。
無事に終えることが出来ました。
たくさんのご参加ご参拝お疲れさまでした。
ウチのお寺も、
いよいよH28年6月17日で16周年に突入します。
なのでこの機会に少しだけ本音をさらけ出します。
そもそも私の母が開山したお寺…。
振り返れば、
立ち上げは母と叔母と数人のブレーンでのスタートでした。
計画性もなく、
思いつきでいろんな事をやっている感じ…。
だけど、
験力と勢いはかなりのもので、
おっかない仕事をガンガンこなしていたのを今でも覚えています。
今だから言えるのですが、
実は私、そんな雰囲気があまり好きではありませんでした。
再現性に乏しく、
説明の無い仕事の数々…。
相談者の歪んだ心が引き起こすのか?
環境によって心を歪められてしまったのか?
問題となる現象も相談者のことも理解に苦しむ始末です。
そんな中、当時の私は、
どうせ坊さんになるのだから、
こんな訳がわからない環境に身をおくより、
はやくキチンとした修行に入って、
普通の坊さんとして生きたい。
そんな事を日に日に考えるようになっていました。
幸いなことに、
どこに話をしても恥ずかしくない修行のご縁に恵まれ、
それなりの肩書きをつけた私は、
霊能力に偏ったお寺のあり方をなんとかしようと、
ガチガチに儀則を調えて、
頭でっかちに活動をはじめました。
それが10年程前です。
お寺としては一見良さそうに見えますが、
お仕事としては良くない選択ですね。
うちのお寺の強みであった部分、
つまり、一番に人から求められていた部分を、
私がボンヤリさせてしまいました。
当然、仕事は激減です。
他人の問題解決に霊能力が適しているのであれば、
それで解決すれば良いのだし、
その対価としてお金をいただくのも当たり前のことなんですけどね 、
私の中で、
『生き方』としてのお坊さんの理想像と現実が、
今ひとつ、かみあっていませんでした。
なんだか宗教とお金が絡んでいるような気がして嫌な感じだったのですよ。
ホント世間を知らない子供でした。(笑)
そんな感じで、
私は方向性を見失う期間を過ごし…。
さらに今度は、
問題解決に片寄りすぎて、
相談者に寄り添うことを忘れた根性論のダメクソ坊主になりさがりもしました。
当然の事ながら、
そんな私やお寺は当時のお客さまに見放されました。
どん底で私はどう生きるべきか?
どうやって収入を得ようか?
ずいぶん一人で悩み抜きました。
そんな経緯で、
相談者に寄り添いサポートすることの大切さに気がついた私は、
お寺の業務の一環としてカウンセリングや、
カラーセラピーを取り入れることにしたのです。
お寺には昔のような勢いは無くなってはいましたが、
私なりに誠実に相談者と向き合うようなりました。
この頃からのお客さま一人ひとりが、
今の私を支えてくださっています。
おっかない現場仕事も私がメインで行うことが多くなり、
それなりに実績が出来てきました。
しかし、
私の迷走はまだまだ続きます。
今度は、
不用意に敵を作りまいと
霊能力に対しての自分の考えや、
意思を主張することを避ける時期に突入です。
そこで、
感覚だけに頼ることなくアドバイスに根拠を示せる占術を採り入れながら、
霊能力が必要な話と、
そうでない話を徹底的に区別するようになりました。
結果的にこれは良かったです。
私のスタイルにあっていました。
関わる人との信頼を実感することがきるようになりました。
今では、
たくさんの人達と良いお付き合いをさせてもらえるようになりました。
迷いながらも私が、
こだわってしっかり守り抜いてきた事が、
間違いでは無かったと心から思えました。
ようやく、
いろいろと落ち着いてきたようです。
余計な力が抜けて、
『在り方』が府に落ちてきました。
そんな中、
最近になって大きな変化がありました。
それは、
私に欠けていたものが理解できたということ。
技術や理論を学び実践しながら、
自分でも気が付かない内に私が求めていたものは、
霊能力の『正当性』でした。
結論から言えば、
そんなものは何処にもありません。
(どんなものにも正当性など無いし、
正当性を他人に委ねても意味が無いと解っていたはずなのに…。(笑))
今ではホント笑ってしまうくらい、
無駄な時間を過ごしたと思います。
私にとって必要だったものは『志』。
志があるから、
『情熱』がわいてくる。
その情熱こそが、
自分を活かし、
人から必要とされ、
お役にたてる道につながる。
そうなってこそ、
私とお寺の存在意義があると思うのですね。
さんざんムキになっていたことだなら、
そこに気が付くヒントはたくさんあったというのに。
気付くの遅すぎですよね。
幸いなことに、
私はキチンとした法流をくみつつ、
技術だけはしっかりみがいてきました。
(みなさんご存知の通りです。)
そしてカミングアウトすれば、
残念なことに血筋の厄介な力も大きく引き継いでしまっています。
実はかなりの場数もこなしています。
修羅場もかなりくぐり抜けてきてます。
隠したり誤魔化したりしてスミマセン。
もうやめます。
隠したり誤魔化したりすると自分のキャラが不自然になってしまうし、
他人を無意味に恐れるようになります。
結果としてその事が原因で他人に誤解されてしまうから…。
ちなみに、
世間一般で認知されているスピリチュアル論や霊能話は、
少し都合の良いように歪んでいます。
ハッキリ言って、
区別すべきことが区別されていません。
(この意味が分かる人はきっと少ないと思います。(笑))
私としては、
霊能力のことに関しては、
しょせんは私の感覚の話なので他人と共有は出来ないと考えます。
だからいちいち説明しません。
そして、
比較検討出来ることではないから他人と優劣もつけられません。
その真偽を他人に委ねることもしませんし、
こだわることもしません。
なので、
これまで通り私のほうから積極的にお話することも無いと思います。
これまで努力でみがいた技術と、
血筋で引き継いだものが、
『お役に立てる人(私が笑顔にしたいと思う人)にだけ届けばいい』
かなと思うだけです。
そして、
『このての話をするのは最初で最後になると思います。』
そんなこんなで、
みなさんを応援し、
そしてみなさんから応援されるお寺。
これからも困ったときの駆け込み寺として、
しっかり頑張っていきます。
やっと迷走から抜け出れたかな。
それにしても15年…。
早いなぁ。
いろいろあったなぁ。
迷走終了ついでに、
もう一つ本心をこぼします。
支えてくれる人。
一緒に成長してくれる人。
応援したい人。
追いかける後ろ姿。
見せたい後ろ姿。
ほかにもたくさん。
こんな私ですが、
ともに歩んでくださるあなたに本当に感謝しております。
だから、
私もあなたを支えていきます、
表立ってでも、陰ながらでも…。
今思うと、
相互供養ってこういうことなのかもしれないですね。