朝起きたら、情けない

母には、昔から口癖がありました。

「情けない……」

何がそんなに情けないのか。

子どもの頃から、この言葉を聞くたびに、

私はピリッとした気持ちになりました。



小さい頃、母と弟とでちょっと遠出をしてデパートで買い物をして、

帰り道、ぐるーっと道を曲がると、私たちのウチが見える。



はぁ……ウチだ。

と思う、その時、

母は決まって、

「あの門長屋、古くて
情けない……。

あんななのに、お父さんは何とも思っていない」

と、唄のように拍子をつけて言いました。

私はまだ5歳くらいだったのに、

「お母さん、自分で何とかできることをしたら?」

と思っていました。

そして母のもう一つの口癖が、

「朝、目が覚めたら情けない」

でした。



今、病床にあっても、

「情けない……」と言うのを聞いて

確かに「楽しいな」という状況ではありません。

でも、昔からいつも「情けない」と言っていたから、私はいつものように打ち消しに入ります。

母は、楽しむことがあまり上手ではなかったように思います。



甘えることも上手ではありませんでした。

私の父が亡くなった時、母は32歳ですから、そりゃ大変(✘д✘๑;) ³₃



大人になって、いろんな人に会うようになって分かったのは、

悪いところが先に目につく人もいれば、

小さなことで喜んで楽しむ人もいる。

もしかしたら、

最初からプリインストールされているソフトが違うのか?

なんて思うこともあります。



今回の帰阪の初日。

母の病院でドクターと面談した後、古いケーキ屋さんに寄りました。



お墓参りの時などに、時々立ち寄るお店です。

その日は私がよほど疲れた顔をしていたのでしょう。(朝から東京から移動してるし重い決断もしてる)


ソシテ背骨折れて、コルセットしてるし、太ってる🤣

最初、彼女は私が誰なのか分かりませんでした。

しばらく話して、

「ああ! 墓地の掃除に東京から来てる人やん? 久しぶりやんね」

と思い出してくれました。

そして帰り際、少し元気になった私の顔を見て、こんなことを言いました。

「こういうことですよね。

元気なく来られたお客さんが、
帰る時には明るい顔になって帰っていかれる。

それが、嬉しいんですよね」



ああ

そうか。

私が今やっているカフェも、もしかしたら、そういうことなのかもしれない。

何か立派なことをするのではなく、

来た時より、帰る時にちょっとだけ元気になっている。



それだけでいいんだ、と、今度はお客の側になって実感しました。



その日の夜、私1人だと凹みそうなので、

友だちに夕食に付き合ってもらいました。


彼女は、結婚して1年半ほどの時に、ご主人がマウンテンバイクで山を下るスポーツ中の事故で脊髄を損傷し、車椅子での生活になりました。

決して、何の苦労もなく生きてきた人ではありません。

でも、彼女は楽しむことに、とてもエネルギッシュです。



食事のあと、彼女の、

「楽しまなくちゃソンソン♪」

に釣られて、

私は初めて、泊まっていたホテルの最上階にあるスパへ行ってみました。

今まで何度もスパのあるホテルに泊まってきたのに、
なぜか一度も行ったことがありませんでした。

誰もいない露天風呂で、夜空を眺めて、

……気持ちいい。

なんで今まで来なかったんやろ。

私は、人から見れば、ずいぶん好きなことをして生きてきたように見えるかもしれません。



行きたいところへ行き、
やりたいと思ったことをやってきました。

でも、そんな私にも、

「楽しむこと」に、まだどこかブレーキがある。

母の「情けない」が、あんなに嫌だったのに、

気づかないうちに、私の中にも残っているものがあるのでしょう。

でも、
私は楽しむ方へ🤣

そして、

ちょっと元気なくやって来た人が、
帰る時には少し明るい顔になっている……

そんな場所をつくる。




母との別れが近い今、

母の人生を見ながら、
自分のこれからのことも考えています。



希望を持つことも、
楽しむことも、
訓練が必要なのかもしれません。