■57万円の中国株ツアー


9泊10日の旅行に出る――
その日は、
案外早くやって来ました。


息子は国立大学の前期と後期
(実は中期も受けたのですが)
の試験を終え、
最後の国立後期の合格発表まで、
ちょうど10日ほど空いていました。


そして、
その9泊10日の旅行が、
ぴったりそこへ入ったのです。


この通りにいくと、成田に着いた時間に 

息子の大学の合否がわかる、というタイムスケジュールです。
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こんなピッタリなんてナイやん。


私は子ども二人を置いて、
旅行へ行くことにしました。
 

(夫はその2年前から上海へ赴任していました。)
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この二人を残していくのは、ハラハラしました。


でも、
「絶対に行くんだ」
という気持ちの方が強かったのです。
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息子は受験勉強中、
「お母さん、
受験が終わったら、
この子の面倒はぼくが見るからね。
ごめんね」
と言っていました。


1月終わりから3月頃まで、
わたしは下の娘を連れて、
イチゴ狩りなど外に一日中出かけて行って、
息子が勉強できるようにしていました。
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邱先生の旅行代金は、
たしか57万円くらい。
「年間100万円足りない・・・(´;ω;`)ウゥゥ」
と青くなっている人間が、
何をやっているのかという話です。


でも、
わたしは本気でした。
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3,000円のエステ。
1,500円のメイク。
1,000円のドーム。
そこへ化粧品販売を積み上げて、
なんとかお金をかき集め、
ドキドキしながら申込みました。
_____________________________その日、成田で集合すると、

(邱先生はいつも北京の三千公寓という自社ビルで私たちの到着をお待ちになっておられました)



小さな部屋が用意されていて、
邱先生の秘書 徐さん(長身で非常に上品な日本語を話す)

で自己紹介が始まりました。


以前、
「先生との中国旅行はいいですよ」
と勧めてくださった方も、
その場にいらっしゃいました。



わたしは、
「あ?! 私、きましたよ!」
と嬉しくて、
ニコニコしていたのですが、
なぜか、
その方は、
わたしにまったく気づかないのです。
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北京へ到着し、

先生は満面の笑みでお迎えくださり、めいめいご挨拶


イル・ミリオーネというイタリアンで食事をして

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イル・ミリオーネ

億万長者という名前のレストラン


また種字林は、先生がお好きな骨董を集めておられて、ほんとに大切に「売りたくないけど、みんなが欲しいなら売ってあげてもよい。売れなくても嬉しい、売れても嬉しい」といつもお話しされていました。


翌日のスケジュール説明が終わって、解散になりました。



その方が、
足早に去って行こうとするので、
わたしは追いかけて行って、


「すみません……
以前、
お誘いいただいた者ですけれど?」
と声をかけました。
するとその方は、

わたしとは目を合わせず
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「知らないです。
それ、
弟じゃないですか?
僕たち、
似てるって言われます。
兄貴の方が、
いい男なんですけどね」

と言いました。
(……なにそれ?)
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その方は後に、
「見たこともない女の人が、
ニコニコ笑いながら、
ずっとこっちを見ているので、
すごく怖かった」
と言っていました。
ひどい話です。(笑)
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でも、
後にわかるのですが、
その方は、
邱先生の“一番弟子”
と言っていいくらい、
株で大当たりを続けている方でした。
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そのツアーは、
「中国イチ気質が優しい人が住む州と、
中国イチ気性の荒っぽい州を、
両方見てみませんか?」
という、
なんとも不思議な企画だったせいか、
参加者は17人ほど。
(いつもは40人を超えるそうです)


かなりコアなメンバーだったようでした。


もちろん、わたしは
何も知らずに参加していました。
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ちょうど
女子十二楽坊 が流行っていた頃で、



北京や上海の町には英語の大きな看板が増え、


当時の中国には、
「これから世界へ出ていく」
という勢いがありました。
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10日間も一緒ですから、
三食ずっと一緒で、
だんだん煮詰まってきます。


最初は、
同室の若い女性グラフィックデザイナーの方と
一緒に行動していたのですが、
そのうち、
二人で手分けして、
座卓を盛り上げるようになってしまいました。
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邱先生は、
その女性をとても気に入っておられ、
ご自身の中国での仕事を
手伝わせたいと思っていたようでした。


すでに彼女の同僚が、
北京や上海で、
コーヒーのパッケージデザインなどをしていました。
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そういうわけで、
わたしはオマケのような形で、
先生の近くへ居させていただくことが
多くなったのでした。


そして旅行中、
先生は現地で、
次々と中国株を教えてくださったのです。
(続く)