Sakiの「くだらなくも忙しい人生」

Sakiの「くだらなくも忙しい人生」

女性経営者であるSakiが、ヒマな時間を見つけてぶつくさつぶやきます。

正月休みは、やはり漫然と疲れる。

 

昨日は高校の同窓会だった。

 

私は、何故か毎年入り口で集金を任され、二次会のカラオケの手配もやることになる。

 

同窓会の会場だけは、現在、県会議員の同窓生が仕切ってくれて、

 

参加者の名簿は、元県庁職員が作ってくれるので、

 

それはいいのだが。

 

実は、一番疲れるのは、同性の昔孤独な私を支えてくれた

 

友人が何人か実際の同窓会が始まる1時間くらい前に会いたがることかも。

 

「会が始まると、サキはたくさんに囲まれて話が出来ないから。」

 

と言われて、軽くいいよーと言うのだが、

 

ここ数年、もう誰もがマシンガントークで、自分達の言いたいことだけ話したがる。

 

私は、静かに聴く側に回る。

 

それぞれに相打ちを入れるのも、なかなか大変な作業だ。

 

タイミングが掴めないほど、マシンガントークなのだ。

 

2、3人が一気に私に向かって話すので、もう収拾がつかない。

 

流石にここまで酷いのははじめてだった。

 

これも老化なのだろうか?

 

そして、本会の同窓会。

 

近況の紹介コーナーにおいても、一分で簡潔にと言われても、ついダラダラ

 

わけわかんない事を話す人も多い。

 

高校時代は、やたら意地の悪い言い方をしてきた男性が隣に座ってきて、

 

やたら一緒に写真を撮りたがったり、絡んできたり。

 

しかし最後のカラオケだけは、毎回不思議と気の良い歌好きなメンバーだけで、

 

楽しかった。

 

私は普段が時間がないので、カラオケも1年に一度しか行けない。

 

おまけに古い歌しか歌えないので、中島みゆきとか、ユーミンとか、ジュリーとか。

 

皆で大合唱出来るのは、マジで楽しい。

 

で、最終的にはストレス発散して帰ってくるのだが、

 

今後も気をつけねばならない事は、どうにもならないプライベートな話は、

 

出来るだけ避けねばならない事かも。

 

同窓生の中では、仕事もまともに続けているのは、もう少数な状態では、

 

会話のマナーの基本とか、昔は出来ていたのに、既に出来なくなってる人が多い。

 

既に、悪い病気で亡くなってしまった人も少なくない年代だ。

 

友人はとても大事だが、偏りなく浅くお付き合いしないと。

 

仕事の関係者も顧客も、趣味の会のメンバーも

 

私には普段からすぐに対処しなければいけない事が多い。

 

それが今までもそれなりにやれてきて、今もやってる事が、

 

むしろ奇跡的なことなのかもしれないと

 

今回はつくづく感じた。

 

しかし、今回はマジで思った。

 

「頑張れ!私!」

 

そりゃあ、どれも抱え込まなくてもいいが、今ある自分に辿り着いた

 

恩だけは、しっかり返したい。

 

2026の開始は、「疲れた〜。」だった。

 

 

 

 

 

 

 

皮肉な事に、仕事休み中は、メチャ疲れる。

 

とは言え、私の場合には専門職は休み中にもドンとたくさんあった。

 

ただ、通常のルーティン仕事がないと言うだけの状態ではあったが。

 

休みに疲れる理由は、特に年末から正月休みは、

 

掃除やら、片付けやら。

 

他の家族が誰一人やらない事が多すぎて、

 

休みに入ると、不用品を出したり、掃除したり、庭の刈り込み、落ち葉履いたり、

 

冷蔵庫の中もいつもは見て見ないフリだが、年末は少し時間があると中のそうじとか、

 

体が動いてしまう。

 

おまけに、昨日は、ミカン山にも行って残ってるミカンの収穫までしてしまった。

 

帰りには実家に寄って、食事の世話と、酷い有様だったので、掃除して。

 

大晦日には、次の日に息子家族とか、母親とか集まるので、

 

大量のおせち料理を作って、めまいを感じたし。

 

掃除モードも一度スイッチが入ると、なかなかOFFには出来ず、

 

我ながら自分が苦しいよ。

 

この状態は、この先長く続けられるものではないので、

 

孫たちが大きくなってきたら、息子夫婦にかなり任せたいが、

 

もてなしてあげる雰囲気も楽しんでいたいかもね。

 

まあ、何にしろ、古い諺で

 

「鳴るうち太鼓」ってのがあって

 

叩いても鳴らなくなる時が来るのだろう。

 

私の欠点は、締切とか、絶対に守りたいし、

 

専門職のクオリティーとかは、絶対に落とせない。

 

筋トレとかも、絶対に毎日やらないと気が済まない。

 

人間関係も、堪えられるだけ堪える。

 

外から見ると悪くないのだが、

 

本人は、実はかなり苦しい。

 

欲張りな自分がいけないのだが、自分はそう簡単には変わらない。

 

出来ることと、出来ないことを、「諦める」と言う感覚で判断していく日が

 

もうすぐそこに来てるとは思うが。

 

でも、去年とまた同じような感覚で、新しい年が明けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

娘は、学生時代に酷いストーカー被害に遭い、

 

その後の後遺症で精神疾患があるので、結婚願望は全くなく、

 

家でイラストを描き、家事をしたり、私の実家の母親の面倒も見てくれる。

 

基本的に、朝のカフェラテを作ってくれて、スーパーにも行き、

 

夕食も作ってくれてる。

 

なので、我が社の社員扱いにして、その労働に見合った給料も払っている。

 

先々、厚生年金も付けてやりたいので。

 

ただ娘は、夫と同様、病気とは関係なく、掃除や整理整頓は得意ではない。

 

我が家は、元々広いが、息子が結婚して出て行ってから

 

部屋がそれなりに余ってるので、娘は現在、2部屋を使っている。

 

元々娘の部屋だった部屋を、昨日掃除したら、なかなか面白いものが出てきたのだが、

 

一番涙が出そうになったのは、娘の引き出しの紙の箱の中から写真が数枚出てきたことだ。

 

まず最初に目に入ったのが、父親、父親の弟二人、それと娘と息子が写った写真だ。

 

子供達はまだ小学生で、父親も叔父たちも元気な様子。

 

今はもう、父親も両方の叔父たちも亡くなってしまい、思わず泣けてしまった。

 

それから、我が家の子供たちがまだ小学生だった頃の家族写真。

 

極め付けが、娘がまだ2歳前くらいで、やたら若い20代の私が娘を抱っこしてる写真だ。

 

この頃は、まだ息子は生まれていない。

 

どうやら、この写真が一番大事だったらしく、アルバムから剥がして

 

自分の机に入れておいたらしい。

 

私は、またそっとそれらの写真を元の場所に戻しておいた。

 

そうかあ。

 

あの頃は、娘も本当に幸せだったんだなあ。

 

と感慨に耽ってしまった。

 

人生は、走馬灯のようと言うけれど、

 

最近は本当にそう感じる。

 

良かれと思った事が、上手く運ばなかったり、

 

手抜きの方が、スムーズに行ったりと、

 

何事も想定内では行かないものだが、少なくとも、

 

親よりも先に逝く事なく生きてこられて良かった。

 

贅沢を言ったらキリがない。

 

私は、まずはその順序だけは守りたかった。

 

だから、娘と息子にもそうして欲しい。

 

そりゃあ、まだまだ私は生き延びるつもりでいるが、

 

年の瀬に見つける宝物は、やはり写真とその思い出なんだろうな。

 

特に、優しかった叔父たちに感謝を贈りたい。

 

それを大切にしていてくれた娘にも。

 

 

 

 

 

 

高市政権の支持率は、本当に高いのだろうか?

 

何だか操作された数字の気がしてならない。

 

つい本音が出ると、やたら危ない人間たちの集まりのようだ。

 

経済政策も、果たしてどこまで政策と関係があるのかも疑問だ。

 

だいたい、経済なんてものは、需要と供給に基づいてるので、

 

政権が頑張ろうが、そうでなくても上がる時は上がる。

 

世界情勢による場合の方が普通だ。

 

基本的に製造業に特化した日本の産業は、誰もがコツコツ仕事に励むのみ。

 

そりゃあ、税率に関しては少しでも安い方がいいが、

 

それでは、将来的な財源は?

 

となり、長い目で見れば、とんでもない借金国になってる。

 

防衛費も、武器を増やすだけでなく、

 

本当に自衛を考えるのなら、大きな規模のシェルターをまずは各市町村に作らねば。

 

迎撃ミサイルで全て防げるはずがない。

 

正直、どこをどう取っても、奇妙な政権だ。

 

右に、右に行かずに、

 

もうちょっと真ん中を行けないものだろうか!

今週から、毎年恒例の大企業のイベントだ。

 

何つーか、「休み中にこれ、やっておいてねー。

そうすっと、年明けにさっと仕事が進むからさあ!」

 

って感じかなあ。

 

毎年とはいえ、今年はまた、かなりキッツイな。

 

ここ数年、このパターンにおける仕事量が増えているってーか。

 

そりゃまあ、専門職なので、誰にでも出来る仕事ではないが、

 

かと言って、人間なのでものすごく早く出来るわけではないので、

 

この頃は、マジで休み感を感じない事が多い。

 

正月休みくらいでないと、決して普段は出来そうもない掃除とか、畑仕事とか。

 

やりたい事は山ほどあるが、まずは仕事を優先しないと。

 

しかし、正月は、家族も集まるし、そうなると沢山料理もせねばならぬし、

 

その前に買い物も大変だ。

 

社員は誰も出て来ない状態で、いつも休み中も一人だけで仕事を続ける。

 

同時に来年開催する趣味の会の2年に一度の大きなイベントの脚本を書く。

 

これはもう既に30年以上主催していて、地元にはコアなファンもいる。

 

大まかな案は既に頭の中に出来てるが、全て書き出さねばならないのが大変だ。

 

なので、これからおよそ20日間、必死にPCに向かう事になる。

 

息抜きは、掃除と農作業かな。

 

だが、正直言って、私はデスクに向かってるのは、好きな事だ。

 

昔から、勉強は嫌いではなかったし、一人で妄想に耽る自由な時間は大切だ。

 

出かけてばかりでは、これは獲得出来ない。

 

なので、多くの人に対応する事なく、自分だけのペースで仕事なり、趣味なり、

 

とにかく没頭出来れば、それでいいのだ。

 

要は、単なるオタクなのだ。

 

筋トレもオタクの一環かもしれない。

 

毎晩、腹筋、背筋、ダンベル、柔軟は欠かさない。

 

これを欠かすと、体調が悪い気がする。

 

そして、必ず朝と夜に体重を測る。

 

これをしないと、体重が増えるのだ。

 

こうして考えてみると、私は自分で多くのマイルールを作って

 

自分をそれなりに縛って生きてるようなのだが、

 

それはそれで、適応しまくってるので、問題はない。

 

などと書いてると、またメールで次の仕事の仕事が入る。

 

さすがに、ちょっとため息が出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起業してから、はや数十年。

 

忙しさは何故か、増すばかり。

 

そうすると、奇妙な習性が身に付く。

 

同時に数個の仕事を考えて処理したりとか。

 

なので、時々、大きくポロッと抜ける事もあるが、何となく優先事項はしっかり済ます。

 

多分、これは私が先天的に持って生まれたテンポなのだろう。

 

考えて工夫してる感触はない。

 

ただ、どの案件でも判断はものすごく早いかな。

 

ダメと判断するのもやたら早いかも。

 

つまり諦めもすこぶる早い。

 

そして、面倒な事が起きて、周りでワーワー揉めてる時は、

 

私が「キレてる」態度を見せて、

 

「誰より怖いよ!」

 

って感じを見せるようにする。

 

そうすると、内輪のゴタゴタは早く収束する。

 

閻魔様を起こしちゃダメ!って感じにしてね。

 

しかし、怖い人として、私は社内だけでなく社外に対しても、最終的には

 

全て矢面に立つ。

 

苦情は、基本的に全て私が直接対応する事が多い。

 

それが一番早く無駄がないからだ。

 

その段階で、無理難題を言う顧客は、断ってしまえばいいし、

 

小さな融通も全く効かない下請けも、私の判断で切り離す。

 

社員が無駄に悩まなくて良い。

 

相性の悪い関係会社は、何故か直感ですぐにわかるので、

 

取引はしない。対応時間を最小で済ます。

 

世界はより小さい方が、効率が良い。

 

やたら大企業にも顧客は色々いるが、担当者は限っている。

 

その担当者の紹介の人だけに対応すれば良い。

 

営業なんて、一切した事がない。

 

毎回の仕事を徹底的にきっちりやれば、営業はいらないのだ。

 

「口コミ」ってのは、経費が一切かからないタダの営業なわけだ。

 

仕事が少ない時は、むしろリラックスして農業をする。

 

最近、あまり時間がなくて出来てないが。

 

冬休みは、寒くても畑に行くつもりだ。

 

しかし、実は、既に正月休み中の宿題のような仕事も入ってる。

 

まあ、それは暗くなってからやろうかな。

 

日照時間が短くて、夜が長いからな。

 

日本の四季は、はっきりメリハリがあって、切り替えするのに役に立つ。

 

夏には夏の暮らし。

 

冬には冬の暮らし。

 

そして、大切な人達だけを守ればいい。

 

悩むことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、東北から北海道にかけて、地震が多い。

 

熊、火事、地震。

 

そこへ台湾有事騒動で、いつの間にか原発再稼働とか。

 

原発が再稼働しなくても、結局は電力は十分あったから普通に電気を使えていたはずだ。

 

なのに、高市政権が発足してからすぐに再稼働か。

 

これは裏金を疑っても仕方ないのとちゃうかい?

 

米も結局は余ってるけど、高止まり。

 

もう、政治的な澱みしか感じないね、

 

同じ連中が長年、当然のように貪ってきた利権。

 

その根本的な元凶は、つまり「同じ政権」ということだ。

 

最近の公明党は、なんか、スッキリしてるね。

 

国会での質問も当然の事を追求したり。

 

与党という、憑き物が落ちたかのようだ。

 

日本は、仮に野党が政権を取っても、アメリカのような大きな変化はない。

 

基本的に、島国のレベルの変化しか出来ないからだ。

 

野党と与党が、勢いよく入れ替わるほどの、

 

国民の政治への関わりを、もっと大きくしなければいけないが、

 

与党は、敢えてそうはしたくないだろうな。

 

そりゃあ、そうだろうな。

 

色々と、ため息出る国だよ。

とても楽しく長年やってる趣味の会なんだが、

 

僻みからなのか、二人でつるんで私と近い女性を陰でいじめるのだ。

 

どうも、私の目に入らない所でやるらしい。

 

なんとなく分かってるが、でも話題にはしないようにしてたが、

 

虐められてる方が、堪らなくなってオイオイ泣いて来たもんだから、なんとか対処した。

 

やはり、ツルむと嫌な事はしやすいのだろう。

 

この二人組は、昔も同様にターゲットを決めて虐めている。

 

単に彼女たちの問題であるが絡まれた方は、堪らんなあ。

 

ただ、その根本の原因が私だとしたら、それは嫌だなあ。

 

誰にも平等に接してるつもりだったので。

 

高校時代には、私もよく虐めの対象になっていたが、そういうの、

 

大体つるんでくるんだなあ。

 

全く知らない女の子に廊下で、

 

「あんたなんか、大嫌い!」

 

とか言われた事もある。数回あったような。

 

何だったんだろう?

 

っていうか、一体誰だったんだろう?

 

あまりにどうでも良いとすぐに思ってしまったので、マジでわからない事件だった。

 

 

ところで、我が家のオスネコの2匹は、以前飼っていた雌猫に比べて、

 

まるでストーカーのようだ。

 

2匹ともオス猫で、やたら常に競っている。

 

いつも後をついて来る。

 

お互いに絶対に負けたくないようで、私が寝る時には、私の布団の上の取り合いだ。

 

どっちかが先に乗ると、もう片方はいじけてしまう。

 

私の夫もストーカーっぽい。

 

ぽいって言葉は、緩いかも。

 

どうやら、携帯とか、仕事のメールとかも時々覗いてるらしい。

 

馬鹿馬鹿しいから、話題にもしないが。

 

若い頃、まだ独身の頃にもそういう感じの男性は多かった。

 

鬱陶しい。

 

同じ距離を保って毎日後ろを歩いてる奴とか。

 

今思えば、通報もんだ。

 

こういうのに対するコツは、無反応であることかもしれないな。

 

何やろうが、「空気」のような存在にしか感じないってのが、コツな気がする。

 

周りの誰もが気が付いてても、私だけは知らないとかね。

 

って、単に鈍いだけだったとは思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

長寿の時代なので、ある程度は仕方がない。

 

しかし、国のトップの老害は、マジで最悪の事態を引き起こしかねない。

 

それを止める側近が機能すればいいのだが、残念ながら今のアメリカは、

 

それすらない。

 

ロシアも中国も。

 

トランプ:79歳

プーチン:73歳

習近平:72歳

 

本来は独裁者でありたいトランプは、3期目とかはありえないので、75歳で終わるだろうが、

 

残りの二人は、やろうと思えば延々とやるのだろうな。

 

日本の政治も、まだ背後に麻生(85歳)がいるようでは、何も違わないかもね。

 

その他にも、世界を見渡せば、様々な老害がある。

 

しかし、同様に様々な本当に多くの伝統的な知恵や技術も、高齢者は伝承している。

 

基本的に「良い年寄り」と「悪い年寄り」の大きな違いは、

 

「自分の中で完結させる気質」と「外に対しての影響の大きさを求める気質」の違いだろうなあ。

 

個人的なレベルで、

 

「ああ、自分は頑張ったな。 若い頃には出せなかった技を確立した。

自分何りに満足だ。」

 

と思えれば、他者への侵略はしなくても済む。

 

むしろ、若手を一生懸命育てたりする。

 

このようなタイプは、他人と自分を比べるようなナンセンスな事は、基本的にしない。

 

ビジネスマンの中にも、前者もいれば後者もいる。

 

男性、女性関係なく。

 

芸能界では、確かに後者の人も多いはずだ。

 

誰よりも「売れてる」状態が好きだろうし。

 

ものすごく才能があっても、このような競争を好まない人もいて、

 

そういうタイプは、露出を控えてる場合が多い。

 

出過ぎると、疲れちゃうんだろうな。

 

アルバムだけ、ほんの時々出してればそれでいいや!とか思ってるかなあ。

 

まあ、しかし、たった一つ平等なのは、

 

誰もがきっちりと年を取る。

 

それだけは、誰も逃れられない。

 

下手にもがいても、あがいても、誰もが過去の人になる。

 

それならば、誰かが思い出してくれれば、

 

心がほっこりしてくれる思い出になりたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、大切なスタッフは、私が最後に見舞ってから一週間も経たないうちに亡くなった。

 

その葬儀は、家族葬であった。

 

私は、残念なことに、以前から決まっていた出張と重なり、

 

通夜にも葬儀には行けなかったが、当社の仲の良かった従業員が

 

5人ほど参加してくれた。

 

というか、家族を除いてそれが大半のメンバーだったとか。

 

家族葬なので、本当に静かな質素な葬儀で、

 

華やかな花籠や花輪は、当社が勝手に手配したものだけだったそうな。

 

そう思うと、家族葬ってあまり好きではないな。

 

やはり、どう考えても花はたくさんあって、華やかに花で埋め尽くしたい。

 

その後、特に仲が良かった残されたスタッフは、とても頑張っている。

 

いつの間にか、職場にちょっと大きめの写真立てがデスクに置かれて、まるでそこにいるような感触がある。

 

仕事の内容は、最近は行政からのコンプライアンス関連の調査用紙の提出とか、

 

各取引先からの契約更新書類とか、もうとにかく法律的な事も多く、

 

一度読んだだけでは、何の事か分からないことが多い。

 

当社の税理士や、その他数名で何度も目を通し、皆で頑張ってる。

 

私は、正直、もうビジネスの拡大は、一切したくない。

 

なので、余分に社員数を増やしたくもない。

 

なんとか、今後また落ち着いたら、慰安旅行にでも行ければいい。

 

とまあ、後ろ向きな傾向ではある。

 

なんだか、メンタル的に疲れてる感触は、とても強い。

 

私のデスク周辺には、亡くなった父親と祖父の写真と、以前飼っていた猫の写真がある。

 

たかが写真だが、不思議なインパクトがあるもんだ。

 

ふと、写真に話しかけるような時もあるし。

 

結局は、最後は自分で解決したり決断するのだが、心を整理する時に、

 

写真を見る事が多いのに、最近気が付いた。

 

過去の自分の写真を見ることもある。

 

「当時の私の願いを叶えられなくてごめんよ。」

 

なんて、自分に謝った事もある。

 

私は、色々と幸運で、多くの人に支えられ、恵まれていると思うが、

 

体というよりも、心が疲れてきてる感触がある。

 

何もせず、ボケーっとしていたいのだが、また明日からも出張だ。

 

まあ、こんなもんだ。