「ありがとう、爺ちゃん」


「帰り、また言えよ」


遥斗は、仕事の合間に駅まで送ってくれた祖父に手を振って、改札口に向かった。駅は無人で、人の気配は全くない。


「岩倉くん、おはよう」


「早いね」遥斗も時間の余裕を見て来たはずだったが、すでに和真は改札前で遥斗を待っていた。


「あの…遥斗でいいよ。苗字だとあんまりピンと来ない」


「あぁ、そうか。じゃ、俺も下の名前でいいよ」


「…なんだっけ」


「名前も知らないのによく来たな」


和真はニッと白い歯を見せて笑った。


「ごめんごめん」


「和真。覚えて」


ハツラツとして、明るくて、健康的で、和真は自分と真逆だと遥斗は思った。


なにごとも斜めにかまえて見て、勝手に暗い気持ちを抱えてしまっているような、そんな自分は友達として不釣り合いだ。きっと、一緒にいてもつまらなくて気まぐれに誘ったことを後悔するだろう。

そして、二度と誘って来ることもないだろう。


「遥斗はどこの学校行こうか考えてないの?」


「別に。出来るだけ近いところ」


「あぁ、それはこんな田舎じゃどこも一緒だよ。近くても電車やバス乗り継いで1時間はかかるんだから」


「面倒臭いな」


「まぁ、俺たちはそれで慣れてる。不便な生活が当たり前。生まれた時からそうだから」


「ずっとここで暮らすの?和真は」


「うーん…1回くらいは都会に出てみたいよな?遥斗は?」


これまで遥斗が暮らしていた街も、都会というわけではない。


ここからもそう遠くはないが、交通機関はそれなりに整っていて、それなりに生活に必要なものは揃う程度のところだ。


この土地が不便すぎるのだ。


「別にどこでもいいけど…家は出たいかな」


「ふーん…」


電車の中で、和真はとにかくよく喋った。


自分のこともそうだし、クラスメイトや先生のエピソードなど、まるで遥斗に出会うまでの人生のダイジェストを聞かせているかのように。


時に、大きなジェスチャーを交えるので人の目が気になることもあったが、遥斗は興味を逸らさずにその話を聞いた。


和真の話が上手だったからだろう。


移動中の良い時間つぶしになったし、なんだか少したいして話したこともないクラスメイト達のことが身近に思えるような気がした。


目的の高校は、駅からバスに乗り換える必要があった。


和真はこの辺りの地理に詳しいのか、それともよく下調べをしたのか迷うことなく目的地へと向かっていく。途中、横断歩道で信号が変わりそうになって周りの人が小走りになって渡っていくところで、それに流されずに余裕を持って足を止めたり、階段やバスの段差などではゆっくり歩いたり、さりげなく後ろを振り返ったりして、常に遥斗を気遣うことを忘れなかった。


あまり気を使われるのは好きじゃない。


でも、さりげないふうを装っているけれど、それが上手くなくてぎこちない不器用さは嫌いじゃないと遥斗は思った。


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「ちょっと俺、見たいとこあるんだけど」


ひととおり学校の中を案内されたあと、参加者は自由行動となり、各自で在校生の部活を見学してみたり、特になにもなければ帰ってもよいということになった。


学校の資料の入った紙袋は重くて、遥斗はこれをどうにかどこかに置いて帰れないものかとキョロキョロしていると、資料を眺めながら和真が言った。


「部活?」


「うん」


「いいよ、何部?」


「…笑うなよ?」


「なんだよ。野球部じゃないの?」


「ダンス部」


ふふっと遥斗は無意識に吹き出してしまって、「笑うなってば」と和真の顔は耳まで赤くなった。


「ごめん。悪い…ごめんって」


遥斗はまだこみあげる笑いを噛み締めながら、仕方ないだろうと思った。


坊主頭で、日焼けがまだ残っていて、どこからどう見ても和真は朴訥な野球少年なのだ。


「…いいけど…付き合ってくれんの?」


「いいよ、面白そう。行こう」


ダンス部の活動場所は、グラウンド近くのプレハブの二階だと、和真が手にした資料に書かれていた。プレハブの一階部分は体育倉庫になっていて、そこまで来ると運動部の掛け声や吹奏楽部の音に紛れてダンスの音楽が漏れ聞こえて来た。


「和真、先に行ってていいよ」和真に気を使わせなくていいように遥斗はそう言って和真を先に行かせて、ゆっくりと階段を昇ろうと手すりに手をかけた。


中ほどまで来たところで、カンカンとその階段を駆け上がってくる音が聞こえて、遥斗は立ち止まり手すりに張り付くようにして追い抜かせようとした。


「どうした?怪我した?」


階段を駆け上がって来たのは、いかにもダンス部といった風情の高校生で、彼は遥斗に追いついて並ぶとそう聞いた。


遥斗が足をひきずっているので気にかけてくれたのだろう。


オーバーサイズの長袖のTシャツと、ツーブロックにした長めの髪を後ろで束ねて、耳には複数のピアスの穴があり、眉毛も綺麗な形に整えられている。これは校則的に大丈夫なのかと、つい遥斗はいらないことを考えてマジマジとその顔を見つめた。


すると、彼は返事をしない遥斗に怒ったのか眉間にシワを寄せてじっと遥斗の顔を見た。


「…あ、すみません。大丈夫です…」


「お前…遥斗か?」


思いがけず、名前を呼ばれて驚いたせいで遥斗の手が手すりから滑った。あっ…と小さく声をあげると、遥斗の腕は力強く掴まれた。


「危ない。気をつけろよ」


「…なんで俺の名前、知ってるんですか?」


「俺、雄星だよ。覚えてない?」


「ユウセイ…?」


「覚えてないか。そうだよな…」


「覚えてるよ。覚えてる…びっくりした…」


何年ぶりだろうか。


出会ったのは、小学校の4年生の時だ。


言われてみれば、面影がある。長い髪を束ねているのも変わっていない。


「良かった。変わってないなお前」


さっきまでは、怖い印象の雄星だったけれど、あの日花火大会で出会ったあの親切な少年であったことを思い出すと、遥斗の目にはそのはにかむ笑顔がとても優しく見えた。


「ダンス部?」


「うん、そう。遥斗は?見に来たの?」


「友達の付き合いで」


「そっか。じゃ、行こう」


そう言って、雄星が遥斗の手を掴んだ時、遥斗の頭の中にはあの日の光景がはっきりと浮かんだ。


人混みの中から、救い出してくれたあの手の感触までも。


2階のレッスン場に入ると、何人かのバラバラの制服を着た中学生が壁にそって立ち、見学していた。和真も入口近くに立っていて、遥斗の顔を見て少しホッとした顔をして聞いた。


「誰?知り合い?」


「うん、まぁね」


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「どうだった楽しかったか」


祖母が用意して晩御飯が食卓に並び、遥斗の祖父が椅子に座った


「うん。楽しかったよ…あ、そうだ」


遥斗は母のいる方を向いて「雄星に会ったよ」と言った。


「雄星?」


「覚えてないかな、花火大会の…」


「あぁ…あの子!焼きそば屋さんの」


「そう。今日行った高校に通ってるみたいだった。あっちから気づいてくれたよ...」


遥斗は、母が嬉しそうな顔をしてその話を聞いているのを見て、少し気恥ずかしくなって思わず黙り込んでしまった。母の綾子が嬉しいのは、遥斗が恩人である雄星に再会したことではない。


この家に来てからは、みんなと食卓を囲んでいる時にこんなふうに遥斗が率先して喋ることがなかったからだ。


遥斗も、綾子がそのことを喜んでいるのだと気づいたせいで恥ずかしくなってしまったのだ。


「どこの高校に行ったんだ?」


父の充が、黙り込んだ遥斗に聞いた。


「西高だよ」


「西高?」


それを聞いて、祖母がふふんと鼻で笑うのが聞こえた。


勉強しなくても入れると祖父が言っていたのは、遥斗も実際に足を運んでよくわかった。


雄星もそうだったが、あの学校にいた生徒たちは髪も染めていたり制服の着こなしもだらしないし、どう見ても品のある雰囲気ではない。


祖母が鼻で笑うのも仕方ない。


「友達の付き添いだから」


まるで、言い訳みたいだと遥斗は思った。


祖母にバカにされることに、いい加減慣れたつもりではいたけれど、そうやって取り繕うということは、やはりまだどこかにくやしさがあるのかも知れない。


その時、遥斗の手元に置いてあったスマホが鳴った。


「…ご馳走様」


「遥斗、いいよそのまま置いといて」


綾子はそう言ったけれど、遥斗は急いで皿を重ねて流し台まで持っていき、スマホを握って部屋を出た。


「もしもし?」


電話は、雄星だった。


今日、帰り際に連絡先を交換した。


「ごめん、ちょっと待って。部屋に戻ったらかけ直す」


祖父が手すりをつけてくれた古い階段をあがり、短い廊下を挟んで左側が綾子と充の部屋、右側が遥斗の部屋になっている。昔は、父の部屋だったと聞いている。


父が使っていた勉強机やベッドがそのまま残っていて、父は遥斗のために買い換えようと言ってくれたが、遥斗は断った。どうせ、何年かすれば出ていくのだからと思って。


多少、日の当たりは悪くカビ臭くはあるが、この家で唯一気が抜ける場所から、遥斗はこの部屋が嫌いでは無い。


大きな音を立てて軋むベッドに寝転がって、遥斗は雄星に電話をかけ直した。


「なにしてんの?遥斗」


「さっきまでごはん食べてた。雄星は?」


「バイトから帰って来た」


「俺もバイトしたいな」


「高校生になったらな」


「…うん」


「今、暇?」


「まぁ…別に何もすることないよ」


「じゃ、ちょっと出て来いよ」


「出て来いって…どこへ」


窓の外は真っ暗だ。


時間としてはまだ8時になるかならないかのところだ。


ただ、この町には灯りがない。


日が落ちてから、また朝になるまで外の景色はほとんど変わらない。


遥斗は雄星との電話を切ると、クローゼットから上着を取って階段をおり、家族の様子を伺った。


居間からはバラエティ番組の音が聞こえていて、お風呂にも誰かいるようだ。そっと食卓をのぞくとそこには食後のコーヒーを飲みながら談笑している両親の姿があった。


「遥斗。コーヒー飲む?」


遥斗が覗いていることに気づいて、綾子が声をかけた。


「…ばあちゃんは?」


「お義母さんはお風呂だと思うけど」


ならば、居間でテレビを見ているのは祖父だろう。


遥斗にとっては好都合な状況だ。


「ちょっと…出かけていい?」


「どこへ?もう真っ暗よ?」


「友達のとこ」


すると、充が「送ってってやろうか」と言った。


「いや、いい。大丈夫…すぐそこだから」


「そうか。気をつけろよ」


「うん…でもあの…」


「ばあちゃんには内緒にしといてやるから早く帰って来いよ」


「うん。ありがとう」


外はほんのり肌寒く、風がザワザワと家の裏の竹林を揺らす。


遥斗が家の庭の砂利を踏みしめて歩く音。


時々、通り過ぎていく車の音。


聞こえる音はそれだけだ。


静寂と言い切ってもいいかもしれない。


遥斗は車道まで出て、キョロキョロと辺りを見渡した。


雄星はどちらから向かってくるのだろう。


「20分くらいで着くと思うよ」


少し家を早く出すぎた。


遥斗は、雄星に目印として告げたバス停の小屋に入ってベンチのホコリをはらって座った。


目の前を、数台の車が通り過ぎていった頃、右手の方から車よりも高いエンジン音が聞こえた。遥斗は、それを雄星と確信して立ち上がってバス停の小屋から顔を出した。


すると、原付バイクのライトが遥斗の顔を照らして速度を落として停まった。


「原付乗ってるんだ。いいな」


「最近な」


雄星はヘルメットを取ってハンドルにかけ、座席の下の荷物入れからコンビニの袋を取り出し、遥斗に渡した。


「好きなの取っていいよ」


中には、温かい缶のカフェオレと炭酸飲料のペットボトル、それとファミリーパックのチョコレートが入っていた。


「溶けるよチョコ」


そう笑いながら、遥斗はカフェオレを手に取って再びバス停の小屋に入って座り、雄星もその隣に座る。


「元気だった?」


改めて、雄星は遥斗に聞いた。


「うん、元気だよ。俺、あれからお祭とかある度に探したんだよ?雄星のこと」


「実はさ…あれからすぐ親父が体調崩して仕事出来なくなったんだよね」


「え?ほんと?」


「うん。…あ、でも生きてるからちゃんと」


「良かった」


「今もまぁ…元気とは言わないけどなんとかやってるよ。大丈夫…それより、遥斗は?大丈夫か?」


「なにが?」


「…さっき。電話した時、なんか変な感じだったから。声も暗くて」


遥斗は、返事をする代わりに手に握りしめていたカフェオレの缶の蓋を音を立てて開けた。


あの時の陰鬱な気持ち。


祖母にバカにされたような嫌な気持ちが渦巻いていたのを雄星は察したんだろうか。


それとも、あんな短い会話の中にも自然にそれが滲み出てしまったのか。


「…雄星、なんで今日僕のことわかったの?」


「え…そりゃ、変わってなかったから」


「どこが?」


「顔とか?なんとなく…だけど」


「俺はわかんなかったよ?雄星のこと。そりゃ名乗られれば思い出すけど。小さい頃に1回会ったきりで、それから成長もしてるし、顔も声も少しは変わってるだろうし…なんで俺だって確信したの?」


「それは…」


「足をひきずってたから…でしょ?それが一番の僕の特徴だよ。そうだよね?」


雄星は、じっと遥斗の顔を見ていた。


バス停の側の街灯がその顔をほのかに照らす。


「違うよ」


嘘だ。


と言い返せないほどに、雄星は目をそらさずにじっと遥斗の顔を見つめた。


「顔も、声も…そりゃあの時からは変わったよ。でも、俺はわかったよ。なんでかって言われると困るけど、ちゃんとわかったよ。遥斗は、忘れちゃったのか?」


忘れていない。


見た目ではわからなかったけれど、遥斗は雄星のことを忘れてはいなかったし、なんならさっき明確に思い出したのだ。


花火大会で、母とはぐれて心細くて怖くて哀しかったあの不安の中から、雄星の手が救ってくれたこと。あの時の気持ちを思い出していた。


真っ暗で狭い井戸の底にいるような、今のそんな遥斗の気持ちにまた、雄星は手を差し伸べてくれた。今、こうやって外に救い出してくれた。


「……ごめん」


「嫌なことでもあった?お前のその足、誰かに何か言われた?俺の学校のやつだったら言って。そいつ探してやるから」


「え、違う違う!違うよ」


雄星があまりに怖い顔で言うので、遥斗は慌てて否定しながら思わず吹き出した。


「別に、はっきりと誰かに何か言われたわけじゃないんだ…ただ…最近ちょっと…嫌になる。今までそんなに気にしたことないんだよ?初対面の人にじっと見られるのも慣れてる。でも…そういう目が家の中にあるってことが、思ってた以上に苦しいなって」


「家の中?」


「でも、大丈夫…」


「大丈夫じゃないだろ」


「だって、どうしようもないだろ?出ていく訳にもいかない。だからって俺が言い返せば誰かが嫌な想いをするのはわかってる…」


新しい家族と住むことになってから、遥斗が誰かに弱音を吐くのは初めてだ。


初めて…というより、自分自身がそれほどまでに息苦しい思いをしていることにも気づいていなかった。


自分のことを認められない人がそばに居る。


そして、そのせいで他の家族が遥斗を庇うかのように気を使う。


どちらも、遥斗にとっては苦しいのだ。


自分がいなければ、誰も嫌な思いはしないのだと考えてしまう。


雄星に今の自分が置かれている状況を話しているうちに、自分自身でもその息苦しさを認識することになり、悲しくなる。


「…ほら、これ食え」


コンビニの袋から、雄星はファミリーパックのチョコレートを出して遥斗の膝に置いた。それを手に取って袋を開けようとして、遥斗は気がついた。


手が、震えていた。


「甘いもの食べたら落ち着くから」


「…開けられない」


「手のかかるやつだな、お前」


震えて力が入らない遥斗の手から袋を奪い、雄星は歯で噛みきるようにして雑にその袋を開けた。


「ピアス…」


「え?」


「口、痛くないの」


昼間に出会った時には気づかなかったが、雄星の唇にピアスが光っていた。よく見れば、学校では何もつけていなかった耳にもフープのピアスが右に3つ、左に2つぶら下がっている。


「もう痛くないよ」


「なんでそんなにたくさんピアス開けるの?」


雄星はふふっと笑いながら「お前も開けてやろうか?」と言った。


「…いいよ」


「迷信だけどさ。ピアス開けると運命変わるっていうじゃん」


「聞いたことあるけど…」


「だから、なんか嫌なことあったりするとつい…なんか変わるんじゃないかなと思って」


「変わった?」


「別に変わんない。でも、自分の気持ちが変わる気がする…なんか…そうだな、武装するみたいな感じ?」


「ふぅん……」


「俺はね」


雄星は袋から個包装の小さなチョコレートを鷲掴みにして、遥斗の手に握らせた。そして、自分もひとつ口に放り込んで「それ食ったら帰れよ」と言った。


「…心配して来てくれたの?」


「それ以外ある?理由」


「…ありがとう」


「今度はいなくなんないから。いつでも連絡して。会いに来るから」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねぇ、ほんと痛くない?大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫」


雄星と遥斗が再会してから数ヶ月。


季節は夏になった。


これといって、遥斗の身の回りの状況が変わったかといえばそうでもなく、強いて言うなら和真とはそれなりに親しい友人になれたし、和真とのつながりのおかげで何人か友人が増えたというくらいだ。


家族との関係性も何も変わらない。


祖母は相変わらず遥斗を疎ましいと思っているし、なんなら家業が忙しくなってイライラが募るのか、余計に邪魔者扱いをされているような気もする。


父と祖父はそれを察して、なんとか祖母と遠ざけようとしたり、出来る仕事を手伝わせようとしたり、遥斗を守ろうとする。


そのズレが、また遥斗を苦しめていることに変わりはない。


夏休みに入り、雄星が遥斗にピアスを開けてやると言い出した。


これから受験もあるのにと遥斗は躊躇したけれど、雄星が言っていたように”なにかが変わる”という期待が大きかった。


雄星の耳には、あれから更にひとつピアスの穴が増えた。


なにがあったのかなど、遥斗はあえて聞かない。


雄星自身が、それで完結しているならそれでいい。


その日、雄星とピアッサーを買いに行って、はじめて雄星の家に行った。


雄星が住んでいるのは、遥斗の住む集落より少し賑わっている片田舎の街の二階建てアパートだった。見るからに、家賃が安そうな古い建物だ。


錆びた外階段をカンカンとのぼってすぐの角部屋で、玄関を開けるとすぐに台所があり、その奥にふたつ6畳と4畳の部屋が続いている。


その4畳の部屋の方が雄星の部屋らしく、部屋の大半をベッドと服をかけているハンガーラックが占めていた。


「いくよ?」


雄星がそう言って、遥斗の薄い耳たぶを引っ張り、ピアッサーで挟むと、遥斗はぐっと目を瞑った。


バチンと高い音がして、鋭い痛みが走る。


「いたぁっ…」


「はい、そっちも」


「待ってよ、痛いって」


「こういうのは一気にいかないとダメだって」


ベッドの中央で左耳をおさえて涙目になっている遥斗を尻目に、雄星は反対側にまわる。


「ほんと待って待って無理だってば」


「じゃ、どうすんだよ。ふたつ買ったのに」


「雄星がすればいいじゃん」


結局、遥斗のピアスは左耳にひとつになった。


思っていた以上に痛くて、もう二度とするものかと思ったけれど、雄星の言っていたことが少しわかる気がした。  


耳は真っ赤に腫れてジンジンしていたけれど、鏡の中で左耳に光るピアスを見た時、なんだか誇らしい気持ちが遥斗に芽生えた。


「夏休み終わるまで外すなよ」


「うん」


「……もうやるとこねぇな…どうしよっかな」


遥斗から鏡を奪って、雄星は自分の耳にピアッサーを当てながらどこに穴を開けようか悩んだ。ピアスは耳にもうすでに6つ。


ギリギリ、軟骨にかからないところにひとつなら開けられるかも知れないと、雄星はピアッサーを右耳に当てた。もう7つ目、いや唇も含めると8つ目ともなると恐怖心もなく、手慣れたものらしい。


「待って。俺がやる」


遥斗は、雄星のピアッサーを奪うように手に取った。


「えー?やったことないだろ?お前」


「お願い。やってみたい」


「…失敗すんなよ?」