3.11
東日本大震災から5年が経ちました。
あの日のこと、私の脳裏にはしっかりと焼き付いています。
テレビニュースで放映される、津波の映像。
あの時、私は小学校5年でした。
静岡でも震度1程度の地震を観測。
地震には敏感な私達だけれど、そんなに大きな地震だとは思ってもいなかった。
家に帰宅すると、どのテレビ局も地震について放送してました。
建物の屋上で、テレビ局のヘリコプターに必死に救助を求める人達。
津波が街を飲み込んでいく様子。
人々が高台へ避難する様子。
家の屋根に必死にしがみついて、津波に流されている人も映像の中で確認できた。
その時の自分でもわかった
____津波、大地震の恐怖
安否確認が流れるテレビニュース
私には、宮城県気仙沼市に祖父母をもつ同級生がいた。
もちろん、家は津波で全壊。
祖父母は高台にある病院にいた為、無事だったが、震災直後は連絡がまったく取れず、困っていた。
液状化してしまった、東京ディズニーリゾート、
近辺の浦安などの地域。
福島第一原発の放射線被害。
震源地から離れた地域にも、被害をもたらした震災は私達の心を傷つけ、苦しめた。
5年たった今、被災地はどうなっているのだろう。
テレビで見ることも少なくなってしまった。
復興は進んでいるのかな。
分からないけれど、
でも、私達にはできることがある。
小さなことでもいい。
何か始めてみよう。
私は震災直後から募金をするようにした。
そのお金が役立っていれれば、嬉しいし、やってよかったって思える。
____哀悼の意を込めて。
2016.03.11
