川の攻防戦
幾日も降り続いた雨が上がり、久しぶりに青空が広がった。蝉の鳴き声がうるさい。
学校へ向かう途中、蟹江川にかかる橋の手前で急に浩司が立ち止まった。
「ここでちょっと待ってみるか」
ふたりが橋に寄りかかって水嵩の増した川を眺めていると、登校する子どもが次々通りかかり、勝治と亮太もやってきた。
「浩ちゃん、学校どうする」
「ああ、かっちゃんか。まだわからん。休むかもしれん」
「じゃあ、俺らも行くのやめような、亮ちゃん」
亮太がにやりと笑ってうなずく。
浩司の「よし、決まりだ。遊ぶぞ」という一声で、我も我もと川岸に河童の群れができた。おどけて準備運動する者や水の冷たさに奇声を発する者。土手の上に脱ぎ散らかした服がそこかしこに散らばっていく。勇作ただ一人が岸辺に取り残された。
そこへ、見回り中の警官が自転車で通りかかった。
「何してるんだ。学校は……」
勇作は、その瞬間(叱れる)と思って怖くなり、土手を転がるように駆け下りた。橋の上に自転車をとめて勇作の後を追う警官の姿に気付いた浩司が、
「勇ちゃん、川ん中へ入れ」
と手招きをした。そのすきに体の大きな健太が岸に上がり、橋の上に向かった。
健太は勇作たちより4つ年上で皆から肥えちゃんと呼ばれている。太っているという意味だけでなく、肥担ぎをさせたら彼の右に出る者はいないくらい上手に担ぐので、その名がついた。
「よいしょ」と警官の自転車を持ち上げると、川の中に放り込む真似をした。
「待て、やめろ。頼む、やめてくれ」
それを見て慌てた警官が再び橋に戻ろうとすると、今度は川で遊んでいた河童たちが一斉に岸辺へ上がった。裸のまま押し合いへし合い、警官の周りを取り囲む。
全員が川から出た頃を見計らって、健太が自転車を川へ投げ入れた。
「おい、流される前に取ってきてくれ」
青ざめた顔の警官は、河童たちに「早く取ってきてくれ」と拝むように頼む。
「わかった。親に言わんと約束してくれたら取ってきてやるよ」
「黙っていてやるから、早く……」
その言葉に、数人の河童が水に飛び込み、流されていく自転車を追った。
そして、他の者も川の中へ戻っていった。
「あれ、勇ちゃんがいない」
最初に気付いたのは亮太だった。 つづく