「何のために学ぶのか」、
早い段階で自分の人生や
学び続ける意味を考える機会さえあれば、
どこにいようと充実した生活が
送れるのではないか、
そしてひいては未来につながる行動が
できるのではないか。
「高校生と社会との接点を」
「気づきの機会を」
「きっかけ生まれるナナメの関係」
「1人の100歩より、100人の1歩」
大学に行くだけでは
充実した学びを得ることはできない。
一歩を踏み出せる環境、
入学をゴールにせずに未来のイメージを描ける機会、
そしてそれを支える「ナナメの関係」、
そうしたものがセットになって
充実した学びにつながっていくのだ。
先入観なく、年齢も関係なく、
まだ見ぬ世界への興味や
「こんな人になりたい」という憧れを喚起する場。
将来のイメージが壊され、
再び膨らみ、上書きされ、
保存されていくような場。
大人が発信し、
高校生がそれを受け止めるろいう
構造をつくってしまうと、
それはいつもの授業や講演と
同じものになってしまう。
「自分が他人の役に立てる、
という実感がある。
それがすべてだと思います。
他人のためだからこそ、
たくさんの時間を割いて
一生懸命やってくれる。」
「君たちは昨日まで、
学校に対して不満だ、
ここが気に入らないと思っていただろう。
学校はつまらないと言い放っていただろう。
でも、おそろく3年後、
大学に入ってからも同じことを感じるし、
言い続けているに違いない。
そしてそれは、社会人になっても変わることはない。
やっぱり会社に不満を言い、つまらないと言い放っている。
自分が変わらない限り、それは感じ続けることなんだ。
自分という人間が、
変えていくことができるプレーヤーである
ということを自分たちが理解しないと、
いつまでもそのスタンスは変わらない。
面白くしてくれる人なんて誰一人としていない。
それは自分しかいない、
それに早く気付くべきだ。」
誰にでも社会に対してできることがある。
問われているのは、
その1歩を踏み出すかどうか、
ということだけなのかもしれない。
