
しかし、ただ行くだけではつまらない。歴史好きの血が騒ぎ出します。いろいろと寄り道をしていくことになりました。娘よゴメン

わざと遠回りして、白石経由で向かいます。我が家を出発して20分くらいで宮城県境に。
トンネルを抜けると宮城県七ヶ宿町になります。七ヶ宿町の方々とお話すると、色々な方言がミックスされていて興味深いです。米沢弁・村山弁・福島弁あたりが混ざった感じ!?
そもそも江戸時代には13の藩の大名が参勤交代で使用した街道。行列時にはさぞ賑わったんでしょうね。
仙台領に入ってすぐの宿場町が湯原宿。
この辺りの方々はどう考えても山形県側に就職したほうが利便性が高いでしょう。ここから宮城県の白石市までは
40分位はかかるでしょうし(^。^;)
ところで・・、七ヶ宿町の七つの宿とは、1湯原宿 2峠田宿 3滑津宿 4関宿 5渡瀬宿 6下戸沢宿 7上戸沢宿 の七つですが、現代においては、上戸沢宿と下戸沢宿が白石市に。渡瀬宿がダムの湖底に沈没。つまりは四ヶ宿(よんがしゅく
)町となってしまっております
さて湯原宿ですが、ここは米沢藩・幕府直轄領との境であったこともあって、仙台藩が今でいう国境警備隊を常駐させていた場所でもあります。
1863年、明治維新の直前に湯原騒動という事件がありました。
簡単に説明しますと、米沢藩上杉家は徳川幕府のために貢献したので、領地を加増されます(15万石から18万石へ)。その際に対象となった地域が屋代郷3万石で幕府直轄領地でした。今でいう米沢市の上郷地区・高畠町の佐沢・亀岡・和田・竹森・二井宿辺り全域。そこの農民達が上杉家の取立は厳しくなるので、伊達様どうか助けて下さい、と嘆願します。一時は1300人がこの湯原宿に集まったそうですから驚きです

それにしても米沢藩は貧乏の極み。よほど近隣地域からは大変な状態に見えたのでしょう。合併反対運動は現代でも続いているような気がします。
「七ヶ宿町史」や「戊辰雪冤・米沢藩士・宮島誠一郎の明治(友田昌宏さん著)」あたりに説明がありますので、興味のある方はどうぞ。
我々はアンパンマンミュージアムへ行かなければならないのです

他の宿場町は飛ばして東北自動車の白石インターを目指します。やがて七ヶ宿ダムを通り過ぎ、白石市内に入ります。
あっ
娘よゴメン。白石城が見たい。「いい加減にして!」と嫁からグサリ!気まずい雰囲気になりそうだったので、白石城は次回ということで(^。^;)。せっかく米沢が生んだ偉人、片倉景綱の居城を見たかったのに、残念無念

それでも最後の抵抗。「写真だけ撮ってすぐ戻るから待ってろ!」と言い残して車を止めた所が、世良修蔵の墓地。
なにらや入り口の看板には説明文が・・
仙米賊とは酷いもんですな(-.-#)。しかし、当時の幕末の状況は情報が錯綜しており、現代となっては真実を知ることは難しいかもしれません。世良修蔵が暗殺された→奥羽越列藩同盟結成→奥羽諸藩敗戦。という流れの中で、長州藩士の世良が暗殺されたということは一つの流れを決定付けたのは間違いないでしょう。このことを当時の米沢藩士・宮島誠一郎は日記の中で大変に嘆いています。
出展はちなみにコレ
米沢市史編纂委員会
ちなみにこの本、買ったのはいいのですが、何時も会社から帰宅してお疲れの中、酒の肴になってしまい一向に読み進みません(@_@)
それにしても世良修蔵はいろんな映画やドラマに描かれますが、どれも悪役ばっかりですね。出目からしてかなりの秀才のはずですが・・、歴史は都合の良いように造り上げられますので、なんとなく怪しいですな

これが墓。他にも巻き添えをくらった長州藩士、松野儀助、勝見善太郎、繁蔵の名も。もう2時だ

お待たせしましたアンパンマンミュージアム。
娘にとって夢のような一時が過ぎたはず!?。それにしても、ここはアンパンマンのグッズ販売に関しては何でも揃う夢のような場所です

帰りは国見で桃を買って栗子峠を通り帰りました。あっ
日本酒を買ってくるのを忘れた(>_<)ついこの前仕入れた奈良萬で今日の夜は間に合わせようかと・・。
それにしても白石市はまた行かなければならないと強く思った場所でした。
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