昨日、おはよう堂までの2.7キロの雪道を、普通の靴で歩き倒した無謀なウォーキングのおかげで、昨日の総歩数が16,000歩を突破していた。。。(汗)

 

 そのおかげで、夜はぐっすり寝れました。で、朝、フロントで息子と合流して出発。若桜町までは、JRではなく、若桜鉄道で行く。

1両編成のディーゼル車に乗って鳥取駅を出発。しばらく雪の中を走っていたら、終点の若桜駅に到着した。

  若桜駅から歩くこと数分、太田酒造場さんの玄関に到着。

すぐに奥様が来られたので、自分たちが本日蔵見学をさせていただくメンバーであることを告げ、お土産をお渡しした。

 

お土産は2つ。1つは愛知県から持って行った坂角のゆかり、もう一つは、私の自家製のからすみです。しかもこのからすみ、ただのからすみじゃないんです。からすみを作る工程で、お酒を使うフェイズがあるのですが、そのお酒、本日見学させていただく太田酒造場さんで造られている辨天娘を使って作った、辨天娘仕様のからすみ、なのです!

からすみをお渡しした瞬間、奥様の顔がニヤっとしたのを私は見逃しませんでしたw。からすみは大好物、とのこと。ホッとしました。

 

その後、蔵の中にある、少し広まったお部屋の席に座り、しばらくして社長の太田章太郎さんがお見えになりました。いろいろ聞いてみたくて質問事項を用意していたので、太田酒造場の紹介をしつつ、回答いただいた内容を紹介させていただいたことを書いていきます。

 

 太田酒造場(以下、太田さん)さんは、1909年創業の、非常に歴史ある酒蔵の中の1つで、お酒に使うお米、水などを全て地元産で賄っている。そのため、その年その年の収穫量によって酒の量が変わることもある、とのこと。今年は少し少なかったが、多い年はありがたいんだけど結構大変だったということをおっしゃっていました。また、日本酒を造る際に、蒸したお米を冷やす工程があり、機械で蒸し米を冷やす蔵もありますが、太田さんのところでは米は自然放冷、つまり、自然に冷やす方式をとっており、お酒を造る工程でできた「醪(もろみ)」は、全て袋搾り、つまり袋に入れて搾っている、とのことでした。

かつては、高齢化などのため、平成4年から10年間、酒造りをやめていた(他の蔵のお酒を委託されて造っていた)時期もあったそうですが、今の杜氏である方が蔵に入られたことをきっかけに、造るお酒を全部、純米酒に切り替えたそうです。これは、この蔵の技術指導にも携わった上原浩さんという、業界では知る人ぞ知る有名な方の指導とのこと。上原浩さんの著書でも紹介され、実際に口癖のように仰っていた言葉である「酒は純米、燗ならなおよし」という教えに沿ったものだと伺いました。上原さんの言葉や教えは、広く日本酒業界にも影響を与え、今でこそ純米酒だけを造っている蔵は増えてきましたが、おそらく当時は相当大変だったのではないか、と推察されます。私の、「アル添(アルコール添加した) お酒は造らないんですか」という質問に、今のところは造るつもりはない、と力強く仰ってました。

 

 太田さんは蔵に入る前は銀行にお勤めだったとのこと。意外に、蔵元の人って前職は銀行って方多い気がします。たしか、愛知県の三河にある蔵の社長も銀行にお勤めでしたし、他にも銀行からの転身の方って多い気がしましたが気のせいかな?

 

 話を元に戻します。次に、辨天娘で使う酵母について聞いてみると、主に6号、7号酵母を使用されているそうなんですが、山廃と生酛については、蔵付酵母を使っている、とのことでした。蔵付酵母っていうのは、蔵に自然についてきた酵母のことなんですが、要は自然に酵母がついてきて、自然に発酵するのを待つ、というような状況とのことでした。単に蔵に住みついた酵母を使う、というだけではなく、言葉以上に大変なことをやっているんじゃないかな、と思いました。

 

 また、コロナ禍で、個人消費が結構伸びているのかな、と思っていたのですが、そこはちょこちょこは増えているようですが...という感じでした。まだまだネットの消費は、今までのルートの消費に比べると、そうでもないのかな、とちょっと悔しいと言いますか、もっとネットの方でも買ってもらえるようにならないかな、と思うところがありました。やはり、居酒屋さん等のお店で吞んでもらう割合の方が多いし、その方が大量に呑まれるってことなんだな、と思いました。

 

と、いろいろ質問をさせていただき、一息ついたところで、いよいよ蔵の中の見学に行きます。(つづく)