第十条(自民党案)
日本国民要件は、法律で定める。
 
第十条(現行憲法)
日本国民たる要件は、法律でこれを定める。
内容変更なし
 
 
11条は基本的人権に関する条項です。
日本国憲法の中で最も大切な一条です。
 
第十一条(自民党案)
国民は、全ての基本的人権を享有する。
この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である
 
第十一条(現行憲法)
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。
この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
 
自民党の基本的人権の考え方が、以下のように述べられています。
国民の権利義務については、現行憲法が制定されてからの時代の変化に的確に対応するため、国民の権利の保障を充実していくということを考えました。そのため、新しい人権に関する規定を幾つか設けました。
 また、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。例えば、憲法11条の「基本的人権は、……現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。
【参考】
 現行憲法の第11条の表現は日本語として明らかに不自然です。なぜ「与へられる」という受動態なのでしょうか?その理由は、もともと現行憲法がアメリカの占領軍が作った英文の翻訳だからです。
英語の原文 

Article 11: The people shall not be prevented from enjoying any of the fundamental human rights. These fundamental human rights guaranteed to the people by this Constitution shall be conferred upon the people of this and future generations as eternal and inviolate rights.

 現行憲法の第11条は、ほとんどそのまま直訳なのが分かります。原文での「与へられる」に当たる部分は「shall be conferred」です。「confer」という単語は、日本語で言えば「授与する」「賜る」というような意味です。つまり、「与える」と言っても同格の者同士のギブアンドテイクではなく、格上の者から格下の者への「与える」ということなのです。
 英語の原文には明記されていませんが、この場合「格上の者」とは明らかに「」です。もともと欧米の人権概念は「神の下の平等」という観念から発達してきました。そういうキリスト教的文化を共有している社会であれば、「現在及び将来の国民に与へられる」・・・つまり、神の下に我らは平等である、と自然に受け入れられますが、日本はキリスト教圏ではありません
 この英文直訳調の表現を、日本人にとってより自然な文章に直したのが自民党憲法改正草案です。「与へられる」という受動態表現がなくなり、改正草案では「享有する」「権利である」という文言に変わったのはそのためです。
 
 基本的人権とは、人が人として生命を受けた時に、生命と共にあるものです。だから、歴史的にも基本的人権を踏みにじってきた暴力に対して、人々が抵抗してきたのです。憲法に書いてあるから基本的人権があるのではありません。
 欧米では、これを表現するのに「神」という概念を用いるのが理解を得やすかったのでしょう。
 では、日本ではどうしたらよいのでしょうか。
 自民党案の説明からすると、「それでは憲法で規定しなくなったら、基本的人権はなくなってしまうのか」ということになります。また、規制することも可能という考え方もできてしまいます。現憲法も自民党案も、第11条の書き出しは同じですが、そのあとは全く異なった意味になってしまっています。自民党案では全くダメですね。
 この世界、森羅万象を創造した創造主が、万物の霊長たる人間に与えた生命に宿る基本的人権をどのように表現したらよいのか、ということになります。
「キリスト教圏である西欧の天賦人権説に基づいて規定されている基本的人権の規定を改める必要がある」というのは、理由のようでまったく理由になっていません。
天賦人権説というのは、キリスト教がどうのこうのという問題ではなく、基本的人権とは人が人としてあることに伴う根本的な権利、侵すことも規制することもできない権利である、という意味であり、この点を自民党が問題視しているというのは、まさしくこの権利を否定し、専制君主制や独裁制に社会体制を変え、人民を奴隷化するための布石、という意味とも取れます。
自民党の基本的人権の考え方の中には、全く何一つ考え方が示されていないのです。専制主義や独裁主義に真っ向から反対する権利であるとも書かれていません。
 
 権利の中には確かに、自民党の言う共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものもありますが、憲法第11条に規定しているのは、「基本的人権」です。自民党が例示しているのは、この基本的人権に基づいて時代とともにできてきた新しい権利、社会のルールのことです。
 自民党の説明の中に、「国民の権利義務については、現行憲法が制定されてからの時代の変化に的確に対応するため」とありますが、基本的人権は時代によって変化するものではありません。
 自民党は、基本的人権を全く理解していないのか、あるいは、これを国民から剥奪する企てをしているのか、のどちらかなのかもしれません。