三十にもなれば、自分も結婚して家庭を持つだろうと漠然と考えていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。いや、そうなる努力というものを自分が全くしていなかったというのが正しい。大学を卒業して、当時付き合っていた彼女と疎遠になり自然消滅。以来女性と付き合うどころかデートをすることもなく僕の二十代は終わった。三十歳の誕生日も、主任に昇進した日も僕は会社の同僚とチェーンの居酒屋で酒を飲んでいた。平日は仕事が忙しかったので特に思うところもないのだが、たまの休みに寝転がってテレビをみていると、混雑した行楽地や新作映画などの特集が流れる。世の人は大変だなと思う反面いたたまれない気持ちになるのだった。同様の理由でドラマなどもみないようにしている。
そんな話をチェーンの居酒屋「養老乃民」で後輩の曽田にしていた。
「僕達は雄として何か能力が足りないのだろうか」
「ちょっと一緒にしないで下さいよ」曽田が不満げにいう。
「じゃあお前は何かそういった案件があるのか」
「いや、ないですけど、たまに行ったりしますよ。合コンとか」
なんということだ。曽田は完全にこっち側の人間だと思っていたのだが、いつの間に合コンなど行っていたのか。くやしい。「そんなもの行ったところでどうなる」僕は強がってそういうと、残っていたハイボールを飲み干した。
「お前もあっという三十路だ」
「そんなもんですかねぇ」
「そんなもんだよ」
曽田はしばらく何か考えるようにうつむいていたが、残りのビールを飲み干して帰り支度をはじめた。
「先輩、僕はそろそろ上がりますよ」
「なんだ、まだいいじゃないか。十時前だよ」
「いや、飲み足りないのですが、僕は来週の田中君の送別会の幹事なんですよ。家に帰って準備をしようと思いまして…」
「そうか。じゃあ僕も帰ろうかな」
曽田は合コンに行っていたのか…。帰りの道すがらずっとそのことを考えてた。そうするとあれか。三十三にもなってなにもしていなかった間抜けは僕だけだということになる。今年はあと三ヶ月残っている。いかなる結果になろうとも、何かしらの行動をしよう。そう決意して僕は寝た。
その機会は案外早く来た。
水曜日に、曽田が幹事の田中君の送別会が行われた。田中君は同じ課で曽田の一つ下の後輩なのだが、激務薄給に嫌気がさして転職するのだった。このご時世だから転職自体はよくある話なのだが、少し酒乱の気がある田中君は、辞めるに際して溜まっていたストレスを全て開放してしまい、女子社員にセクハラ、課長や先輩には暴言を吐きまくり、周囲を辟易させて会はお開きとなった。幹事の曽田は落胆していた。田中君が帰るのを見届けてから二次会でもあるかと思ったが、そんな雰囲気にもならず、誰しも無言で帰路に着いた。
「先輩、金曜日にでもまた改めて」曽田もそういい残してそそくさと帰ってしまった。
武蔵高塚の駅に着いて、僕は一人で飲み直そうと思った。昔は週に一、二回通う馴染みの『松田』という飲み屋が駅前にあったのだが、それも何年か前に潰れてチェーンの牛丼屋になってしまった。
どこかにいい店はないものかと、普段は行かない反対側の北口に出てみた。私が住んでいるのは南口から歩いて十五分ほどのアパートで、そのあたりは幹線道路からやや外れた新興の住宅地だ。反対側の北口は、古い歓楽街の面影を残しており、薄暗い路地には小さな店が立ち並んでいる。引っ越したばかりのうちはそんな店に興味はなかったのだが、三十を超えた頃から、立ち飲みの居酒屋や炉端焼きの店に心惹かれるようになった。しかし、それらの店は得てして一見の客には敷居が高いのも事実だ。「たぬ吉」「しめ縄」「与志村」等ののれんが立ち並ぶ路地裏をどうしてもドアを開ける勇気が出ずに、僕は惨めな気持ちで右往左往していた。こうなったらまたぞろチェーンの居酒屋に入ろうか、あるいはコンビニで発泡酒でも買って帰ろうかと、弱気な考えも浮かびはじめた。しかし、居酒屋にも入れずに帰るのは負け組だとも思った。たかが居酒屋じゃないか、適当なところで一杯引っ掛けて帰ればいいではないかと思われる向きもあるかもしれない。そういった方は、たぶん海外旅行に行っても現地の人と友達になれるようなタイプだ。うらやましいばかりである。
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」あたりを三周ほどまわって(途中にコンビニで買った発泡酒を飲んで)後、僕は思い切って雑居ビルの二階にある「うまいもの屋『夏』」に入ることにした。