HATSUKOI 1981 

 

 第14話 初デート 後編 

 

   お弁当を食べ終わった二人は、繁華街に戻りウインドーショッピング。洋平はいつも楽器屋やス ポーツ用品店くらいしか見ないし、母親や姉妹との買い物のときは、本屋で立ち読みして待ってい るので、女子が好みそうな場所がわからなかった。だから由美が言うがままについて行く。デパー トの婦人服売り場では、由美に 

 

「どう?似合います?」 

 

とか聞かれても、ちょっと照れくさくて、ゴニョゴニョ。下着売り場はさすがに中に入れず、離れ て売り場の外で待っている。紳士服売り場では、由美がいろいろ見立ててくれるが、どう反応して いいやら… 反応の薄い洋平に由美は業を煮やして、

 

 「じゃあ、これは?」 

 

と紫のジャケットに赤い蝶ネクタイを由美が持ってきた。

 

 「これじゃあ、チンドン屋だよ。」 

 

当然のごとく即、却下する洋平。それでも由美はいたずらそうな顔して、 

 

「え~?案外似合うかも。着てみてください!」

 

しぶしぶジャケットに袖を通し、鏡の前に立つ洋平。そこに由美が蝶ネクタイを首にあてがう。予 想通りのダサダサっぷりに、人目もはばからず、二人で大笑いした。店員から注意され、謝りなが ら商品を棚に戻し、二人はそろそろと退散。しかし、この大笑いで、洋平の中で何かがはじけた。 食器売り場では入り口に飾ってある大きな信楽焼きの狸と並んで、売り物の徳利をぶら下げておど ける。屋上のペットショップではトカゲやかえるのまねをする。これまで、こんなふざけ方をした ことはなかった。でも由美と一緒だとなぜか、そんなことができてしまう。それを見て由美が笑っ てくれる。それがとにかくうれしい。 

 

『こんなとこ、友達には見せられないなあ…』

 

 そう思いながらも、楽しくてしょうがなかった。デパートの一階のアクセサリー売り場では、由美 は一転、真剣なまなざしでショーケースの中をのぞく。 

 

『やっぱり女の子だなあ・・・』 

 

そんな由美がかわいく思え、となりで見守っている。自分の姉や妹が買い物途中で見入ってもたつ くと、早くしろとせかすくせに。 

 

「これ、かわいいと思いません?」

 

 飾ってあるイヤリングを指差して由美が言った。見ると久慈琥珀を使った小さなイヤリングだ。琥 珀って言うとでっかい玉に虫が入ったおばちゃん用の宝石というイメージがあったが、これは小さ な玉を組み合わせて花の形にしたかわいらしいものだった。店員に頼んで出してもらい、由美は耳 につけてみた。ショートカットから覗いている耳たぶにゆれる小さな琥珀の花。鏡を見る由美の瞳 がキラキラ輝いている。しかし、ふと悲しげな顔になり、イヤリングを外して店員に返した。 

 

「ありがとうございました。」

 

 値札を見ると、五千九百円。店員曰く、琥珀のアクセサリーとしては、かなりお買い得なんだそう だが、高校生にはちょっときつい値段だ。しかも母子家庭で、バイトして家計を助けている由美に は自分で買う余裕なんてない。洋平にだって、簡単に買ってあげられる値段じゃない。なんとなく 気まずい雰囲気のまま、出口へと向かう。 

 

「さっ、次どこ行きます?」

 

 吹っ切ったように由美が言う。デパートを出たところで洋平は急に立ち止まり、 

 

「ちょっと待ってて。その前にトイレ行って来る。」 

 

と、デパートの中に戻った。 その後洋平と由美は、三八城公園へ向かった。そろそろ夕暮れ。晴れてきたので夕焼けが見られる かもしれない。市役所前のロータリーを抜け、公会堂を左に見ながら公園に入る。城跡で展望台に なっているので見晴らしがいい。西の空が少しピンク色ににじんで来た。二人は西を向いてベンチ に座る。ほかのベンチにもカップルや家族連れが座って同じように空を眺めている。さっきまであ んなにはしゃいでしゃべっていた二人も、黙って夕空を見上げる。少し目を細め、あごを上げ、微 笑んでいるように見える由美の横顔を、洋平も微笑みながら見つめる。夕日に城下しろした の家々の窓がキ ラキラ輝いている。 

 

「今日はほんとに楽しかったです。

   あんなに笑ったの久しぶり。」 

 

「俺も。いや、こんなに楽しかったのは

   生まれて初めてだ。」 

 

「そんな、大げさな。」 

 

「大げさじゃないよ。本当にそうなんだ。」 

 

「そんなに悲しい人生送ってきたんですか?」

 

 由美がちょっとふざけて尋ねる。洋平はちょっと困って、

 

「そんなことはないけど… 

   なんて言っていいか。んー… 

   楽しさの種類が違うって言うか…」 

 

「そういうことなら、私も。

   こんな楽しさがあるって知らなかった。

   ありがと。」 

 

「えっ?」 

 

「新しい楽しさを教えてくれて、

 ありがとうございます」 

 

「こちらこそ、ありがとうございます。」 

 

お辞儀をし合って、そして顔を見合わせて、二人は笑った。ふざけてはいるが、二人とも素直にそ う感じ、言葉にしていた。そんな二人の笑顔がどんどん赤く染まっていく。しばらく夕日が沈むの を黙って眺め、完全に見えなくなったところで洋平が言う。 

 

「寒くなってきたし、そろそろ帰ろうか。」 

 

「はい。宿題もあるし、明日も仕事だし…」 

 

灯り始めた街灯の下を、二人はバス停へと向かった。途中楽器屋を覗き、ガラス越しに冷やかす店 員たちに手を振る。一緒に同じバスに乗り、ゆでだこオヤジのバス停で一緒に降り、洋平は由美を 家まで送る。由美の家の少し手前の電話ボックスの前で、洋平は不意に立ち止まった。由美は振り 返り、 

 

「どうしたんですか。」 

 

「ん、いやちょっと…」 

 

洋平はごそごそとかばんの中から何かを取り出した。 

 

「これ。」 

 

「何ですか?」

 

 受け取った小さな紙包みを開ける由美。 

 

「あ…」 

 

あの琥珀のイヤリングが出てきた。 

 

「どうしても、つけてもらいたくて。」 

 

「だめですよ。こんなの受け取れないです。」 

 

「今日、ご飯代も、映画代も浮いたし、

 行こうと思ってたケーキ屋へも行かなかったし、

 デート代 何にも使わなかったから。」 

 

「でも・・・」 

 

「いいんだよ。

 これ由美につけてもらうけど、

 二人の記念なんだ。そう、初デート記念。」

 

 納得できない様子だった由美も、これを聞いて、 

 

「わかった。

 二人の記念品、私が預かっておく。」 

 

そういうと由美はちょっと背伸びをして洋平の頬にキスをした。びっくりして固まる洋平に、ほほ を赤らめてほほ笑む由美は、 

 

「じゃ、また明日。」

 

 そう言うと家へ向かって走りだした。残された洋平は、キスされた左頬を手で押さえ、右手で手を 振った。

 

    

                  続く・・・