6年2学期に覚える言葉
冊子を披繙(ひはん)すれば 嘉言(かげん)林の如く躍々として人に迫る 顧(おも)うに 人読まず 即(も)し読むとも行わず 苟(まこと)に読みて之れを行わば則ち千万世(せんまんせい)と雖(いえど)も得(え)て尽くすべからず
150年前も現在も世の人々は本を読まないらしい。
この時代の松陰先生の1日と私の1日とではやはり時間の長さが確実に違う。
現代の高校生は年間平均7~8冊の本を年間読むらしい、したがって高校3年間では24冊、そのなかに松陰先生の本が1冊でも入ればと思う今日このごろ。
読書離れが私には理解しがたい、わが娘たちの日本語の乱れや、どう見ても考える力の減退しているような若者の増加は、大学全入、学歴の二極化、などとからみ社会問題化して久しい。
書物をめぐる問題は後を絶たず、この頃仕事として係わるようになったオーディオブック、やキンドルのようなデジタルブック、ひいてはインターネットなどいろいろな要素、側面も、聖書以来の読書形態の変化も、それぞれがこれからどうなっていくのか?
世の人々はどう文字と向き合っていくのか?
問題を大きく提起するのは簡単だが、意外と150年後も同じ悩みだったりして。
でも、いまは文字が大きなほうが読みやすい。