5年2学期に覚える言葉
道は即ち高し 美し 約なり 近なり 人徒(ひといたずらに)に其の且(か)つ美しきを見てもって及ぶべからずと為し 而(しか)も其の約にして且つ近く 甚(はなは)だ親しむべきを知らざるなり
この文は松陰先生の、講孟箚記(こうもうさっき)の序文の書き出しである。
序
道は則ち高し、美し、約なり、近なり。人徒に其の高く且つ美しきを見て以て及ぶべからずと為し、而も其の約にして且つ近く、甚だ親しむべきことを知らざるなり。
富貴貧賤(ひんせん)、安楽艱難(かんなん)、千百、前に変ずるも、而(しか)も我は之を待つこと一(いつ)の如く、之に居(を)ること忘れたるが如きは、豈(あに)約にして且(かつ)近なるに非(あら)ずや。以下・・・・・
講孟箚記 上 (講談社学術文庫 442) (文庫) 吉田 松陰 (著), 近藤 啓吾 (翻訳) より
この場合の道とは、もちろん人の道であろう、しかし私は、東山魁夷画伯の「道」という絵を思い出し、この文へあてはめてみた。
この絵に描かれた道は、美しい、日本の田舎に行けば、アスファルトでもなくただの舗装されていない道、卑近(身近でありふれていること)であった。
人はその道が遠そうに見えなかなか歩き出せない、
しかしこの道は最も身近な道でありこの道を通る人は最も親しむべき道である。
と強引にあてはめた、ただ当てはめているうちにふと東山魁夷画伯もこの文をご存じでありこの道がどこまでも続くように道の先で右に折れ上り下りを示し人の道を暗示しているようにおもえてきた。きっと東山魁夷画伯もこの言葉を思い筆をふるわれたのではないだろうか。