3年2学期に覚える言葉 | 早期晩年に想う

3年2学期に覚える言葉

志を立ててもって万事の源となす 書を読みてもって聖賢(せいけん)の訓(おしえ)をかんがう


この言葉は、松下村塾の規則となった「士規七則」の結びである。


「右士規七則、約して三端と為す。曰く、「志を立てて以て万事の源と為す。交を択びて以て仁義の行を輔く。書
を読みて以て聖賢の訓をかんがふ」とまことにここに得ることあらば、亦以て成人と為すべし。」


 武士の心得として吉田松陰先生が、安政二年一月、野山獄に投獄されていた時に、叔父玉木文之進の嫡子、毅甫(きすけ)の十五歳の元服に送った手紙に書かれた。


 昔、松下幸之助氏の言葉


「志とは、自分の力を超えた存在に、自分という有限な存在を同化させていく作業なのである。」


を何かの書物で読んだことがある。


 日々時は過ぎ、日は昇り、雲は流れ、日は暮れて、また今日も日は昇り(まだ日は昇ってないが)こうしてブログを書いている。 振り返ってみると、私などは今もって志を立てたことがない、いかんなと思う。

聖賢の訓えをかんがうために読書はしなければならなかったのかとも思う。


 アーネスト ヘミングウェイの著「日はまた昇る」のジェイクのように虚無感にあらがうような日々にもあこがれる私は、やはり、平平凡凡でよし。