ワシワシ | 早期晩年に想う

ワシワシ

朝から我々の地方では俗称ワイワシというセミが元気よく泣いている。


 昨年のお盆の16日の事を思い出した(私は、小さいときから地獄の釜の蓋が開くので殺生はいけないといわれ続けてきた日)のこと、深夜亥の刻(午後10時)ごろ、庭でたぶんセミであろう者が鳴きだした。

 普通私の近所では、ワイワシ(クマゼミ)は、ワシワシと鳴く、がその時は、なんとワジ----と元気よく鳴いていた。

 物書きをしていた、かテレビを見ていたか、どちらかの記憶はないが、電気代節約のため部屋を網戸にしていた私は、非常に迷惑であった。

 音波探知機およびドップラーレーダーを持たない私は、音源の位置確認をすべく、恐怖を抑えながら、先日購入していた、米陸軍御用達のマグインスツルメント社製の純正MAG-LITE(デュラセル社製の単一乾電池直列4.5ボルト)良く映画で見る黒く細長い集光力抜群、半生活防水のほどこされた懐中電灯を、映画さながらに頭の横に目線と平行に構え、闇の世界へと、音源を探索に出発した。

 私の用心深さのため直線で約3メートルをかなりの時間をかけ(私にはそう感じられた)、我が家の庭で唯一の常緑樹の近くへ到達した。そこで、はたと思い知らされた。昨年より私は、アマチュアの聴覚障害者であったと、目の前に大音響を至近距離に感じるのであるが位置を特定できない、つくづく音波探知機がほしいと思った。

 純正MAG-LITEで老眼の私にも周囲は昼のごとく認識できるのであるが、そこに立ち尽くす私はさながらホラー映画のワンシーンのごとくであった。

 迫りくる大音響と背後に広がる闇の恐怖に耐えることしばし、ついに私は音源を発見した。

 それは、家人が生活を助けるためにささやかに作っている家庭菜園ようポット(おもに小ねぎ、シソなど、を作っている、長年の使用で半分くらい割れて土がはみでている)の近くにあった。

 それは、なぜそこにあるのかわからないが、フロッピーケース(10枚入りクリアー上蓋なし、)の中に彼はいた。

 昆虫に対する知識がとぼしい私は、彼の雌雄は、外見からは判別できないのであるが、その時セミのメスは鳴かないことを思い出した。

 したがって、音源は彼であることが判明した。

 なぜ、発見に手間取ったかという問題は、第一に私が音波探知機を持たなかったこと、第二に私がアマチュア聴覚障害者だったこと、と思われたが、それを覆すことが、音源の発見により判明した。
 彼はフロッピーケースの底にいた、したがって立方体であるフロッピーケースが小型の簡易スピーカになり志向性を持った音が、覆いかぶさる常緑樹(後に木蓮と判明)の各葉にさえぎられいろいろな方向に拡散されていたのだ。

 音源発見から短時間の間にいろんな事を推理していたが、最近、知力、視力の衰え、ひいては、言語能力までを感じる私は、彼が仰向けになっているのに気がついた。

 なんと彼は、少数のアリと戦っていたのである。

 しかも肝心の避走手段である羽に集中攻撃受けていた、私には元気良く聞こえていた泣き声(だいたい音源から1メートル離れて90デシベルくらいではなかったろうか、※私はセミの外見と種類には詳しくないがセミの声の大きさがだいたい60~70デシベルということは知っていた。)は実は、彼の断末魔だったのである。

 なぜに突然私に、かくも過酷なことに出くわしたのであろうか。そこで私は短時間の間にジャッジを下す運命にあった。
 時は、亥の刻、周囲の人家は完全に戸締りをし、たぶんエアコンをつけて快適な生活を送っているであろう時(電気代節約のため室内を薄暗くして網戸にしているのは、我が家だけというのを純正MAG-LITEを使って360度を確認していた。)、だれにも相談することは出来なかった。

 その時、熱帯夜の影響と加齢による個人的理由により私は、少しの選択肢しか思い浮かばなかった。第1は闇の恐怖におびえ彼をそのままにして、その場から逃亡する。

第2はフロッピーケースに水を挿入し敵(この場合アリ)味方ともに戦いを終わらせる。

第3は、彼に安楽死を与え戦いから開放する。の3案であった。

私に昆虫の外科治療知識がなかったので彼をアリの軍団から救い出し、我が家を臨時の野戦病院として簡易手術のうえ、現場復帰をさせるというシナリオは最初からなかった。
 時はお盆である。私はまよった。アリとセミ、ひいてはカラスとセミは、ユダヤとパレスチナの戦いの歴史と同じではないか、長年繰り広げられる自然の営みが、場所を移しローマーのコロセウムのごとく、フロッピーケースのなかでの戦いにどう関与し、音源をとめれるか、結論を導くのに時間がかかった。
 私は決断した。フロッピーのコロシアムをひっくり返し、付近の野草を使いアリの軍団を出来るだけ、排除した。キンチョールを使えという声も私の中でなったが、アリともどもお亡くなりになるので却下した。
 彼はうつぶせになりながらも、ワジ----と断末魔の声をはりあげてる。

 それは、生への雄たけびとその時の私には思えた。これは、人に尊厳死を与える時の医師の心境の1億分の1くらいかもしれないが、私の心を重くした。

 時はお盆である。静まり返った平和な団地のもどった亥の刻の出来事であるが、その晩私は、いろんな事を考えされられた。
 その日ばかりは、襲来する蚊の大群にも鉄槌やキンチョール&蚊取り線香スモーク攻撃もせず。静かにムヒを塗ったのは、言うまでもない。ということを思い出した。